「冷えるなー…」
思わず独り言が口に出てしまう程、今夜は体の芯から冷えるような寒さだ。
寒波の影響で平地でも雪が降るかもしれないという予報なのに、街はいつも以上に賑わっていた。
それもそのはず、今夜はクリスマスイブ。
彼女と過ごしたいからという大学の先輩のバイトの代理を頼まれた俺は、ある意味クリスマスの被害者か。
クリスマスも関係ない受験生のカテキョを終えて、今夜は何を食べようかと冷蔵庫の中身を思い出しながら歩く。
玲音に貰った白菜があるし、豚バラもあるからミルフィーユ鍋もいい。
クリスマスらしくチキンとかオードブルとかよりは、温かいモノを食べたくなる俺は間違ってるだろうか。
「おーい!のーやんっ」
俺を呼ぶ声。しかもこの呼び方は一人しかいない。
ぐるっと一週見渡せば、駅前のベンチに座ってホールケーキを食べてるハルさんがいた。
ダッフルコートにマフラーぐるぐる巻き、大きめな毛糸の帽子をかぶってはいるけれど、こんな寒空の下でケーキ食べるなんてやはりこの人は変わってる。
「こんなトコで食べてて、体冷えませんか?」
「だって、一人で家で食べてもつまんないからさ〜」
「誰もいないんですか?」
「うん。親と秋兄ぃは仕事でいないし、ふゆは塾で遅いし、なつはデートでいない。店も客が来ないから早々クローズ」
「冬生君は受験生でしたっけ。俺もさっきまで受験生のカテキョしてましたよ」
「サミシーねぇ、のーやん」
「ハルさんもでしょ」
「そうだね。一緒だぁ」
ほいっ、とハルさんに新品のフォークを渡される。
ハルさんは三人前サイズくらいのホールケーキを自分の横に置くと、また大きな口を開けてケーキを食べ始めた。
なんだろう、この状況は…。
フォークを持ちつつ頭の中で突っ込みを入れながらも、まぁクリスマスだしって深くは考えずにベンチに座る。
するとすぐ目に飛び込んできたのは、ビルのショーウィンドウの中にある真っ白なクリスマスツリー。
派手さはないけれど、控えめに光るクリスタルの飾りは目を惹きつけるには十分だった。
「あのツリーいいっしょ。初めて見た時から、クリスマスはアレを見ながらケーキ食べるって決めてたんだ」
「いいですね。ショーウィンドウの中にあるのが勿体無いくらいだ」
「あの手に届かないトコもいいんだよ。高嶺の花って感じで、さ」
そういう考え方もあるんだな…。俺とは全く違う感覚の持ち主だ。
ケーキを一口食べると、冷たいクリームが口の中で溶けて甘さが広がる。
カテキョで頭を使ったせいか、この甘さがとてもおいしく感じる。
「来年はのーやんも可愛い恋人と一緒に過ごせるといいな」
「お互い様ですよ」
「あはは、そうだね〜」
道を行きかう人々は外に飾ってあるツリーやイルミネーションにばかり目を留めて、ショーウィンドウの中のツリーに立ち止まって見る人はいなかった。
こんなに大勢人がいるのに、ハルさんと俺しかあのツリーを見ていない。
不思議な気分、だ。
2人でケーキを食べ尽くした。
この日の夕飯はケーキだけ。ミルフィーユ鍋は持ち越し。
胸焼けしたね〜、なんて笑いながらクリスマスが終わっていく。
「何か温かいモノでも飲んで行きませんか?」
「お、いいね。賛成」
「っていうか、飲み物飲まずにケーキはキツイですよ…」
「うん、俺も途中で気付いた」
ハルさんが声を立てて笑うから、俺もつられて笑う。
なんだかんだでクリスマスらしい事をしてしまった自分にも笑えた。
不思議な夜、だった。
end