「何やってるんですか」
帰宅してからの第一声がコレ。
いや、正しくは家に着く5歩手前だ。
部屋の前に不審人物……もとい、猫耳パーカーをかぶったハルさんが体育座りしていた。
いつから待っていたのか、俺を見上げた鼻の頭が赤くなってる。
「お腹空いたよ、のーやん」
第一声の返事がコレ。
言葉がしゃべれる野良猫か、この人は。
「今夜も冬生君はいないんですか」
「うん。みんないない」
「ナツも今夜はバイトでしたっけ」
「うん。でもナツがいても、ご飯出てこない」
「あー…そうですね」
部屋の鍵を開けると、俺の後に着いて当たり前のように入ってくる。
ナツは人懐っこさを生かして自分勝手だったり図々しかったりするけど、どうやらこの兄も同じ性格らしい。
この兄弟は図々しかったり勝手でも、なぜか許してしまえるという不思議なスキルを持っているのが困りものだ。怒る気分にすらならない。
まだこの部屋に来るのも二度目だというのに、勝手に電気をつけてくつろぎ始めている。
俺は俺で先に残り物の味噌汁を温め、何を作ろうかと冷蔵庫を開けてメニューを考える。
「連絡してくれれば、もっと早く帰って来たのに。本屋で立ち読みしてましたよ」
「あ。もしかして、えっちな本立ち読みしてたの〜?」
「違います。バンド系雑誌です」
「一瞬たりとも動揺もしない。どうやら彼の言ってる事は真実のようだ」
「なんでナレーション風に言うんですか」
「ん〜?なんとなく」
バンド系とか参考書とか真面目な本ばっかだもんね〜と独り言のように呟きながら、勝手に本棚を見ているハルさん。
兄弟似てるかと思いきや、兄の方が更につかみどころがなくて扱いがわからない。
まぁ、いい。好きにさせておこう。
「これから夕飯作るんで、とりあえず味噌汁でも飲んでて下さい」
本来はサラダとかだろうけど、体も冷えてそうだし味噌汁を先に出す。
ハルさんは本棚からささっと机に寄って来て「いただきます」とお椀に口をつけた。
「あまい…」
「甘いですか?」
「豆腐と葱の味噌汁、中身が同じでも味が違うもんだねぇ」
ハルさんは不思議そうにお椀の中身を眺めてる。
甘い、ねぇ……。
あぁ、そうか。そういうことか。
「それ、麦味噌なんですよ」
「むぎみそ?」
「味噌の種類でも好みが分かれるとこですよね。甘いの平気ですか?」
「うん!めっちゃおいしい」
「よかった」
「のーやん。……ん!」
「はい?」
差し出されたのは、月と黒猫のイラストが描かれた小さな名刺。
ハルさんの名前と働いてる美容院の名前。そして、手書きでメルアドが書かれている。
「のーやんの知らないからさ〜。後でこのアドレスにメール送ってよ」
「あ、そっか。俺の連絡先とか知らないんでしたっけ」
「そうだよ〜。だから連絡出来ないんじゃん」
お椀を持ったまま上目遣いで、ぷーっと膨れてみせるハルさん。
まるで教えてなかった俺の方が悪いような感じの言い方に苦笑いするしかない。
名刺を携帯のすぐ側に置いて、また台所に向かう。
最初のメールは何て送ろうか考えながら。
end