「のーやん、コレ使っていい?」
ハルさんがビニール袋から取り出したのは、花の形をしたカラフルな食器用スポンジ。
この頃食器洗いはハルさんがやってくれるようになった。
自宅でも食器洗い担当だから得意なんだぜ!って言うから、不安ながらも任せてみたら本当に得意分野だったという意外さ。
生活感のなさから家事は一切出来ないかと思ってたけど間違いだったようだ。
でも美容師という職業柄、手荒れはまずいだろうなと思って、こっそりと食器用洗剤は手に優しいモノに変えておいた。
これはハルさんには話してないこと。
「いいですけど、そんなに綺麗なスポンジ使っちゃっていいんですか?」
「スポンジは使う為にあるんだからいいのいいの」
鼻歌混じりにハルさんが真新しいスポンジで食器を洗っていく。
ただスポンジが変わっただけでも、こんなにシンクが明るくなるものなんだな。
二人分の食器があっという間に洗われていくのを見ながら、前から思っていた事を言ってみる。
「ハルさん用の食器、買いましょうか」
「え?」
「いや、いつも客用の食器っていうのもなんだし。ハルさんが一番使うモノだし…」
「それは止めた方がいい」
喜んでくれるかと思ったのに、即答で断られて言葉を失ってしまった。
それに、ハルさんの口調がいつもと違って冷たく感じてしまったから。
食器を洗い終わったハルさんは手を拭きながら、俺の方を向いた。
「今はいいけど、のーやんに恋人が出来たらどうすんの?二股と勘違いされて喧嘩になって別れちゃったら、俺責任取れないよ。スポンジくらいなら勘違いしないっしょ?逆に野矢君って可愛いグッズ使ってるのね〜ってギャップ萌えされっかもよ」
最初は言い聞かせるように、後半は冗談っぽい口調で伝えてくるハルさん。
俺との距離に一定のラインを引かれたような気がして淋しくなった。
……と、同時に。
なんでこんなに淋しく思ってるんだって、自分の感情を不思議に思う。
その感情のままにハルさんに問いかける。
「ハルさんは恋人が出来たら、ウチには来なくなりますか?」
ハルさんは一瞬「え」って顔したけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
そして、予想外の言葉を口にした。
「俺、恋人いない歴イコール年齢」
「一度も、ですか?」
「うん。だってさ、俺の場合外見がこうじゃん?見た目で引かれるのがほとんどだし、面白がって近付いてくるヤツもいるけど、俺のマイペースさに付いて来れなくて離れてくのがほとんどだしさ。一人の方が楽でいいよ」
「そうなんですか……」
「こんな俺でも空気は読める方だと思うからさ。のーやんに恋人出来たら、ちゃんと来るの自重するから心配しないでよ」
「……ハルさん」
「じゃ、俺帰るね。今夜もおいしかった。ご馳走様!」
ハルさんはいつも通りに帰って行った。
俺はいつも通りに「気をつけて」や「おやすみなさい」が言えなかった。
ただ無言でハルさんの背中を見送ってしまった。
なんでこんなに感情がぐちゃぐちゃになってるんだろう?
俺に恋人が出来たら、ハルさんはココには来なくなってしまう。こんな風に過ごす夜がなくなってしまう。
彼女がいた時はバンドメンバーも気を利かせてたのか、うちに来る回数は減っていたけど特に淋しいと思わなかった。
想像するだけでこんなにも淋しくなるなんて事はなかった、のに……
花の形のスポンジが、シンクで存在感を示している。
なんにも色がなかった台所に、ぽつんとひとつカラフルな色。
ただハルさんが持って来たっていうだけで、こんなにもスポンジが特別なモノに見えてしまうのか。
ハルさん、というだけで。
end