青空に手を伸ばすかのような植物の写真。
<のーやん ごはんたべたい>の文字。
数分迷った挙句に返したメールは<今夜は合コンです>
同じ学部の友人の誘いを断りきれなくて、気乗りのしない今夜の予定。
メールの返信をしたと同時に、零れ落ちた溜息。
ハルさんからの返信はなかった。
酒と煙草と香水の匂いが服に染み付いてしまった帰り道。
案の定、気乗りしない合コンは全く楽しめなかった。
それよりも居酒屋のメニューの方が気になって、コレはどう作るんだろう?とかコレなら再現出来そうだなとか考えて時間を潰していた俺は男としてどうなんだろうか?
投げかけられた会話はほぼ覚えてないけど、メニューだけは詳細に記憶しているという残念っぷり。
あまりに俺のノリが悪いのに気付いた友人は、流石に二次会は無理強いしなかった。
フォローさせてしまったのは悪いとは思うが、しつこく誘ってきた事を悔いて欲しい。
「…………!?」
俺の部屋の前に座り込んでる人間。
猫の耳がついた黒いフードをかぶって、体育座りをしているハルさん。
顔や髪は見えないけど、姿や体型ですぐにわかってしまう。
その姿を見て、驚くと同時になぜかほっとしている自分がいた。
「どうしたんですか、ハルさん」
「……あ。のーやん早かったねぇ」
「一件付き合っただけだったんで」
「そうなんだぁ。てっきり日付変更線超えるかと思ってた」
まだ時刻は10時前。日付が変わっても、ハルさんはこのまま待っているつもりだったんだろうか?
顔を上げて、俺を見詰めて笑う表情に言葉では表せない感情が生まれる。
なんだろう?アルコールのせいだろうか?
「かけうどん食べます?」
「食べて来たんじゃないの?」
「つまみだけじゃ物足りないですよ。けど、居酒屋メニュー何品か覚えて来たんで、今度作りますね」
「うんっ!」
酒には飲んでも飲まれるな。
妙な気分になる前にいつものペースを取り戻す。
部屋に入って、すぐに水を入れた鍋を火にかけた。
冷凍うどんに市販のめんつゆを準備してから、ふとした疑問を口にする。
「ハルさん、どうしてうちに来たんですか?遅くなるかも知れなかったのに」
「わかんない」
「わかんないって…」
「のーやんのメール見たら、勝手にココに来てた」
「…………」
ハルさんはへへっと笑って、またちょこんと体育座りをした。
猫背の後姿は、まるで大きな黒猫。
一人で待っている間もずっとこうしていたんだろう。
――――ダメだ。押さえきれない。
「のーやん……?」
「ちょっと冷えてるじゃないですか」
「いろんな匂いするよ、のーやん」
「すいません……」
「あったかいね、のーやん」
突然後ろから抱き締めたのにも関わらず、ハルさんは驚きも嫌がりもせずに俺の腕の中に収まってくれた。
思った以上に華奢な身体。いつも大きめのパーカーや服を着てるから、こんなに細いなんて気付けなかった。
ちょっとでも力を込めたら折れてしまいそうで、もっと食べさせなきゃとか冷静に考える自分も現れる。
年上なのに危なっかしくて放っておけない、目を離したくない。
この野良猫の傍にいたい、と思ってしまった。
アルコールのせいではない、素直な自分の想いが芽吹いた。
ハルさんが送ってくれた写真は、俺の想いを予言していたのかもしれない。
お湯が吹き零れるまで、俺はハルさんとその想いを抱き締めた。
end