「大丈夫ですか、ハルさん」
「ん〜?」
「疲れが溜まってるんじゃないですか?なんかフラフラしてますよ」
「そぉ〜?」
いつものように家に現れたハルさんは「お土産で貰ったの〜」と、林檎の入った袋を俺に渡してからぺたんと床に座る。
そして、林檎をそのままがぶりと噛り付き始めた。
「夕飯は食べて行かないんですか?」
「うん。これからまだ予約があるから、ここで休憩してから行くの」
「え?まだ仕事あったんですか?お店の時間外ですよね?」
「そ〜。いつものあの子達。夜の撮影が終わってから来るんだって〜」
確かにメールには「ちょこっと寄るね」とだけで「おなかすいた」じゃなかった。
いつものあの子達、ってこの前テレビに出ていたアイドルか。
只でさえ季節柄のせいか仕事が忙しいらしく、最近はうちに寄る事も少なくなっている。
やっと家に来てくれたと思ったのに……
会えた嬉しさから一転、少し気分が落ちた俺に気付いたのか気付かないのかハルさんが俺の方を向く。
「ねぇ、のーやん」
「なんですか?」
「えいっ」
「!?」
ハルさんに近付いた途端、唇に林檎を押し付けられた。
なんだ?!と理解する間もなく、その林檎をハルさんが自分の唇に付ける。
「ふふっ、間接ちゅー、だ」
……………!!
心臓がバクンと跳ねた。
とろんとした目の流し目なんて色っぽい技、どこで覚えて来たんだ?
更に追い討ちをかけるように、林檎の汁が手首に伝ってるのを、ハルさんが赤い舌でペロリと舐める。
視線が、釘付けになる。
……勘弁して欲しい。
俺の気持ちを見透かされてるみたいじゃないか。
きっと間接キス以外は、無意識でやってるから余計タチが悪い。
間接キスも疲れで頭がぽやんとしてるからやっただけの事だろう。
無意識な誘惑に、抱き締める事も出来ないこの現状が辛すぎる。
「のーやんも疲れてるね〜」
「……え」
「ぼーっとしてるもん。今夜は早く寝た方がいいよ」
「……誰のせいだと」
「ん〜?」
「何でもないです。仕事頑張って下さいね」
「はーいっ」
しゃりっ、と林檎に齧り付くハルさん。
天然小悪魔な貴方に振り回されっぱなしだ。
end