ホテルに戻ったら、また青井が女子に捕まってたのが見えた。
先にカードキーを受け取って、さっさと大浴場に向かった。
はーーー…もうぐったりだよ。
この温泉は精神的な疲れも癒してくれんのかな…。
そんな事を考えつつ、温泉の効能が書いてあるボードを見ながら肩までお湯に沈む。
神経痛、婦人病、リウマチ…心臓の弱い方は、長時間の入浴禁止、か。
心臓がチクチクすんのも、弱い人にくくられちまったりして。
……んなワケねぇか。
温泉から上がって脱衣所で髪をドライヤーで乾かしてると、青井が入ってきた。
青井は眼鏡を外してて、俺には気付かないようだった。
鏡越しに見える青井の姿を、じっと目で追ってしまう。
明るい場所で見ても、アイツはスタイルがいい。
余分な肉とか付いてなくて、運動部でもないのに引き締まってる。
細く見えるけど、実は逞しくて力強くて、俺をいとも簡単に組み伏せてくる……
……って俺、何思い出してんだよ!!!
のぼせたわけでもないのに、頭がクラクラしてきた。
髪はまだ半乾きだったけど、俺はその場から逃走した。
部屋に戻って、荷物をほおり投げて、ベットへと倒れこんだ。
勢いよく倒れこんだもんだから、スプリングがギシギシを音を立てた。
青井が戻ってくる前に寝ちまうかな…頭がごちゃごちゃしてる時に顔合わせたら、とんでもねぇ事を口走っちゃいそうだ。別の部屋の方がよかったかもなぁ…。
ベッドにキッチリと敷かれた掛け布団をはいで、寝る体勢に入った時に鍵が開く音がしてドアが開いた。
「蒼、もう寝てるのか?」
トクン
青井の足音が近付いて来て、石鹸の香りがした。
寝てるフリを決め込むかそれとも起きようか迷ってると、ひんやりとした物が頬に押し当てられた。
「うわっっ!?な、何っっ!?」
反射的に飛び起きちまうと、北海道限定!と書かれた缶ジュースが目の前に差し出されてた。
「最後の夜だし、少し付き合わない?」
……ヤラレタ。
俺は缶を受け取って、ベッドに腰掛けた。青井は隣のベッドに腰掛けて、同じ缶ジュースを飲んでいた。
俺も飲んでみると、かなり濃厚なメロン味が口に広がった。
「…あまっ」
「疲れてる時は、甘い物の方がいいだろ」
俺が疲れてんのは誰のせいだよ…。
喉まで出かかったけど堪えて、代わりに気になっていた事を聞いてみた。
「……彼女、出来た?」
「出来ないよ」
いともあっさりと答えが返ってきて、拍子抜けしそうになる。
「嘘ばっか。いろんな女に捕まってたし、お前………来るもの拒まずって言ってたじゃん」
「確かに前はそうだったけど、今は違うよ」
青井が俺の手から缶を取って、サイドテーブルに置いた。
「蒼、もっと他に俺に言うコトない?」
…ドキン
「べ、別に、ない」
「それこそ、嘘だろ?笹本が呼ばなければ、蒼は俺に何か言うはずだった」
ギシッと音がして、青井が俺の隣に座った。
「言ってよ、蒼」
石鹸の香りが、近い。
心臓がバクバク鳴り出した。
告白しても、許されるのか…?
これがラストチャンスなのか?
鼓動がますます激しく音を立てて、口の中が乾いてきやがった。
もう、言っちまえ!どうせ玉砕覚悟だ…!!
「……青井、俺……お」
ピンポーーン ピンポーーン
…………なに、それ。
お約束第二弾かよ…。
また言おうとしてた言葉が、直前で溶けてしまった。
はぁ〜〜…やっぱり許されないんだ。言っちゃいけねぇんだ。
ピンポーーン ピンポーーーーーン
青井は立ち上がる様子がない。俺が出なくちゃいけねぇのかよ…って思いつつも、ドアを開けるために立ち上がろうとした。
…けど、青井の手がそれを止めた。
「……んだよ」
「出る必要ないよ。無視しよう」
「だって、どうせお前を呼びに来てんだろ?出ないとまた明日うるさ……っ」
メロンの味が、口に広がった。
俺の身体の自由が、効かなくなった。
「んん……っ」
ドアチャイムが、うるさいくらいに何度も鳴ってる。
その音を聞きながら、青井のキスを受け入れた。
やっぱ、青井を俺のモノにしたい…
しがみつくように青井の背中に手を回すと、青井も俺を抱き締め返してくれた。
ピンポーーーン…
やがて、ドアチャイムが途切れた。
唇が離れて、青井の腕の中に収まった。
髪を撫ぜられて、なんともいえない気分になる。
どうすれば、青井は俺のモノになってくれんのかな…
この場所が俺のモノになるには、どうすれば……
「好きだよ、蒼」
―――― は?
俺は身体を起こして、青井の顔を見た。
青井は、優しい笑み浮かべてる。
「今までは来るもの拒まずだったけど、蒼の事は自分から欲しいと思えたんだ。木偶の坊だった俺が、本気になれた。…蒼の事が、本気で好きだよ」
……俺が悩んでたのって、悩み損!?
青井が俺の事を好きだって言ってくれた事より、両想いの嬉しさよりも先に、自分がぐちゃぐちゃと悩んでた事がバカらしく思えて、腹筋がヒクヒクと震えだした。
「くっくくくくくくくく……あはははははははは」
笑った。腹を抱えて、笑った。
突然笑い出した俺に、青井が首を傾げてた。
「本気の告白に、それはないんじゃない?」
「あははははは…だって、俺、バカみてぇ。何一人で悩んでたんだか…くくくっ」
一度笑い出したら止まらなくなって、腹筋が痛くなるくらい笑った。
「まったく、ムードないな」
青井は俺の両手首掴んで、ベッドの上に押し倒してきた。
それでもまだヒクヒクしてる俺に、キスを仕掛けてくる。それでようやく俺の笑いが止まった。
「……ねぇ、蒼は?」
鼻が触れ合うくらいの近い距離で、青井が聞いてくる。
「この状況からいって、わかってんだろーが…」
「蒼の言葉で聞きたい。もう二回もおあづけされてるんだから」
うっ…そこまでお見通しかよ。
あ〜ぁ、やっぱコイツつかめない。確信犯もいいトコだ。
ふ〜〜っと一回大きく深呼吸してから、心に溜めていた言葉を三度目の正直で口にする。
「…俺、青井が好きだ」
「サンキュ」
玉砕覚悟の恋は、青井のキスで救われた。
もうこのキスは、俺だけのモノなんだ。
キスだけじゃなくて、この腕も、背中も、声も……全部、俺のモノだ。
「恋人になってくれるよね?」
「……お、俺の為に曲作ってくれたらな」
「え?」
「だって、恋人の為に曲を作るのが、バンドマンのお約束だろ?」
そう言うと、今度は青井が笑い出した。
「なんで笑うんだよーーー!?」
「はは、やっぱり蒼は面白いよ。一緒にいて、楽しくて仕方ない」
「そ、そうか?」
青井は笑うのをやめると、俺の耳元で囁いた。
「蒼の為に、とびきりの曲作るよ。だから、恋人になってよ」
「……おぅ」
キスをするヘンな友達という関係が、キスして当たり前の関係になった。
もうヘンなんて思う必要ねぇんだな…なんて安心したのも束の間、青井の手が怪しい動きをしているのに気付く。
「……青井、何してんだ?」
「わかるだろ?恋人同士のスキンシップ」
「旅行中は、自粛するって言ったよな?」
「好きなコとこういう状況で、しかも両想いになったっていうのに我慢出来るの?蒼は」
うっ……。
実際俺もすでに身体が反応してて、反論が出来ない。
「かっ、帰りの点呼、全部やってくれんならいい…」
「了解。残りの幹事の仕事、全部やらせてもらうよ」
「絶対だかんな」
青井の背中に手を回すと、優しい笑みがまた降って来た。
やっぱり、この顔に弱い。
ピンポーーン ピンポーーン…
懲りずにドアチャイムが鳴りだした。
二人ともドアを開ける気なんて1ミリもなくて、お互いを求める事に没頭してた。
明日何を言われるかわかんねーけど、そんな事はどってことない。
今は青井が欲しいとしか考えられない。
何度鳴らしても、無駄。
二人とも、お互いの熱しか感じられないから。
……なぁ、青井。
告白よりもHが先って、俺達やっぱりヘンじゃねぇ?
青井が作った曲が、俺を感動させたのは近い未来。
その曲は、ライブでも演奏されない幻の曲。
俺だけが聴くことが許される恋人だけの特権、だ。
End