今日はハロウィンライブ。
ライブハウス内もいつもより気合入れてディスプレイをする。
なんてったって青井達のバンドも名前連ねてるし、気合が入らない訳がない。
新曲もやるって言ってたし、今夜は楽しい夜になるって決まってる。
「蒼ちゃん」
「え?透子さん!?まだ早いっすよ?」
まだ会場時間まで3時間以上あるのに、これまたいつも以上に気合の入ったゴスロリファッションの透子さんが現れた。
「準備はそれくらいにして、こっちおいで」
「へ?意味わかんないんだけど?」
「オーナーに仕事頼まれたの。蒼ちゃんのコスプレのコーディネート」
「コスプレ!?」
「ハロウィンだから、それに相応しい格好して欲しいそうよ。ほら、見て。ただの魔女っこじゃつまらないから、ちょっとゴシックティスト入れてみたの」
透子さんが持っていた紙袋から取り出されたのは、やたら黒いレースがついた服。しかもスカート。
どう見ても、女性モノ。魔女って、なんで俺が魔女!?!?
「はぁぁぁ!?ますます意味わかんねぇし!」
「大丈夫よ、服とか小物のお代はオーナーから貰ってるから安心して」
「そういう問題じゃねーし!」
「蒼ちゃんだったら、フランケンやドラキュラより魔女でしょ」
「なんでっすか!俺は男っすよ!」
断固拒否の構えを見せても、透子さんは怯まない。
それどころか、笑みを浮かべながら俺に近付いてくる。
「蒼ちゃん、ますます綺麗になったじゃない」
「透子さん…、それ男に言う表現じゃないから」
「男も女も関係ないわよ。綺麗になったから、綺麗になったって言っただけ。恋人が出来ると違うわね」
「…え、なんで知って…んの?」
誰にも言ってないのに、なんで知ってんだろう?
不思議に思ってると透子さんがふふっと怪しげに笑った。
「疑惑が確信に変わったばっかよ。相手は独占欲が強い人ね。見えそうで見えない場所にシルシ付けてるもの」
ツン、と長い爪で突かれたのは襟足。
途端にぶわっと音を立てそうな勢いで、俺の全身が熱くなる。
身に覚えがあるから、だ。
「とっととととととーこさん、あのっ」
「オーナーには言わないから大丈夫よ。相手もだいたいわかってるし」
「……マジ?」
「だって、私よ?」
普段の透子さんを知ってる俺としたら、これ以上の説得力がある台詞はない。
こりゃ、完全にバレてら…。
「着替えるわよね、蒼ちゃん?」
「はい……」
……もう俺には「NO」と言える権利はなかった。
1時間半後、俺は透子さんの手によって魔女の姿になっていた。
伸びかけてた髪を生かして横はそのまま、後ろに長いウィッグとかいうやつ。
いかにも魔女っぽい帽子も被らされて、頭が重い。
服は黒ベースの長めのスカート。フリルやらリボンやらがあちこちについてる。
メイクは……、怖くて鏡見てない。
きっと透子さんっぽく黒メイクなんだろうなぁって予想はつく。
「おっ、さすが透子ちゃんだな。バッチリだ」
「任せてよ、オーナー」
「似合ってるぞ、蒼!可愛い姪っ子を持ったなぁ」
「甥っ子だっつーの!」
これで青井と顔合わせろっていうのかよ…。恥ずかしい以外の感情が沸いてこない。
「俺、今日裏方がいい…」
「裏方は俺に決まってるだろう!お前はいつもの定位置だ。なんの為に透子ちゃんに頼んだと思ってるんだ」
「そうよ。魔女が作るドリンクって怪しげで、いかにもハロウィンでいいわよね」
「…………」
1時間半前までの俺の気合を返してくれ…
派手なドラムソロと共に、ハロウィンライブが始まった。
同じくハロウィンコスした常連さんに散々からかわれるわ、ご新規さんにはやたら話かけられるわで俺の顔は引き攣り疲れた。
演奏が始まったのをいいことに、カウンターの裏で座り込む。
慣れないヒール付きの革靴で立ってたから、足も攣りそうになってる。
ライブ終了までまだ三時間はある。青井のライブも控えてるし、バテてる場合じゃないんだけどなぁ。
青井のライブまで出来るだけ体力消費しないようにしなくっちゃ。
「蒼?いないのか?」
カウンターから身を乗り出して来たのは、バンドマン姿の青井。
わざわざライブ前に会いに来てくれたんだ。
「ここにいるよっ」
咄嗟に立ち上がると、暗い中でもわかるくらい青井の顔がキョトンとする。
「…青井?」
なんで?って首を傾げた後に、ハッとする。
俺、魔女の格好してんだった…!!!
うわわわってなんて、足がよろけてまた床に座り込んでしまった。
「大丈夫か?蒼」
「お、おぅ…」
「中に入っていいか?」
「うん?」
勝手知ったるなんとやらで、青井が従業員専用の扉からカウンターの中に入ってくる。
俺の所まで来ると、青井もしゃがんで向き合う形になる。
「どうしたの?その格好」
「叔父さんと透子さんに遊ばれたんだよ」
「へぇ」
「あんまり見るなよな!つか、笑いたきゃ笑えよ」
「ううん、笑えない」
ぐっと力強い腕に腰を引き寄せられて、青井が口付けてきた。
いつも強引だけど、誰かに見られてもおかしくないような場所でこんな事してくるのは初めてだ。
驚きが勝っちゃって、抵抗する事すら忘れてた。
「こんなに可愛くなっちゃって、誰かにイタヅラされたらどうするんだ?」
「誰もしてこねーよ」
「楽屋でも噂になってたよ。カウンターに可愛い魔女がいるってさ」
「はぁ?」
「だから、心配になった」
すっと青井の手が、俺の頬を撫ぜる。
わざわざ心配してくれて来てくれたんだ…って、胸がきゅっと音を立てた。
付き合い始めてから気付いたこと。
青井は、クールそうに見えて実は心配性ってこと。
「ねぇ、蒼。お菓子持ってる?」
「お菓子??ここにはドリンクと酒しかねぇよ」
「じゃぁ、いいよね」
「何が?」
「イタヅラしても」
「はぁっ!?」
「ハロウィンだって事、忘れてないよね?」
トリック オア トリート !?
頭に浮かんだ時には、もう遅い。
ゾクゾクっとした感覚が背中を駆け抜ける。
青井の手がスカートの中に入って来て、際どい場所を行ったり来たりしてる。
「や…っ、あお…いっ」
「帽子で顔隠していいよ」
周りはライブ中で騒がしい筈なのに、この場所だけ妙に静かになったように思う。
だって、青井の吐息がしっかり耳に注がれてくるから。
それにしても……
「あお、い?」
「ん?」
「えっと…、あの、」
「どうしたの、蒼?」
「んっ…、っ」
青井の手は際どい場所ばかりを触ってくるだけで、肝心な場所をスルーする。
それがもどかしくて、身体だけが熱くなって、どうしたらいいのかわからなくなってる。
もっと、触って欲しい。
青井が、欲しい…
「いい表情してるよ、蒼」
「な、にが…」
「でも、今はここまで」
「え?」
「続きはライブが終わった後で、ゆっくりと、ね?」
熱を帯びてる俺の体から、青井の身体がすっと離れる。
え?え?えぇぇぇぇぇぇぇ!?!?
こんな中途半端な状態で放置って何事だよっっ!!
「スカートでよかったね。それならバレないよ」
「うるせぇ!」
「それでもう俺の事しか考えられないだろ?じゃ、後で」
涼しい顔して去っていく青井に、座り込んだまま動けなくなってる俺。
ちっくしょー…まんまと罠にハマっちまった。
まだまだライブは続いてる。
バンドが入れ替わる時には、また立ち上がって仕事しなくちゃならない。
何度か深呼吸して、どうにか身体の熱を逃がそうと努力してみる。
そっちの方が気になっちゃって、自分が魔女の格好してるとかそういう事は気にならなくなっちまった。
「蒼ちゃん、魔女の格好馴染んでるわよ」
ドリンクを取りに来た透子さんが、ふふって笑う。
「どーも…」
「なんとなく色気が漂ってきた気がするわ。誰かにイタヅラされちゃったかしら?」
「さっ、されてないっす!」
「そういう事にしておくわ。次はイタヅラ好きの王子様の演奏ね」
「…………」
トリック オア トリート
お菓子なんか用意しない。
お前のベース音で俺を酔わせて、さっさとお前のモンにしろよ。
俺が本当に魔女で魔法を使えたなら、青井も俺の事しか考えられないようにしてやったのに。
End