■bonus track

 

 今までと景色が違う。
 最低限の事をして、流されるままに生きてただけの毎日と違う。
 本気の想いを知る事で、木偶の坊だと思ってた自分が人間に戻れた。
 たった一人の存在、で。
 一緒にいる時に感じる愛しさを、ずっとずっと忘れずにいたい。

 


「あーおい。どうしたぁ?やけに音がセクシーになったじゃん」
 ライブの後にボーカルの玲音さんが、背中に貼り付いて来た。
 それは特別な事ではなく、いつもの事。
 俺の身長が片想いしてる男と同じだ、っていう理由で。
「ん〜〜もうちょい筋肉が欲しいな」
「俺は体育会系じゃないんで」
「だよね〜」
 ふいっと背中から離れると、ふはっと笑う。
 ひとつ歳上なのに、同じ年か年下に思えてしまう風貌。
 華奢な身体に、肩まで伸びた髪、元々綺麗な顔立ちしてるせいかメイクすると一段と中性的に見える。
 本人もそれをわかってるのか、ライブ中は思わせぶりな仕草で観客を惑わせる。
「いいな〜、青井はハッピータイム突入で」
「玲音さんは?」
「ハッピータイムには遠いね。ぜーんぜん振り向く気配すらないし。だっから、青井の背中で我慢してんの」
 そう言って、また背中にへばりついてくる。
 それにしても今日はやけにしつこいな。いつもは少しくっつけば離れていくのに。
「身長が同じだけですよね?」
「うん。他はまーったく違う。正反対かもな」
 玲音さんの片思いの相手は幼馴染らしい。
 一度だけその彼が載っている新聞記事を見せてもらった事がある。
 小さく載った写真からは、いかにも体育会系オーラが漂う凛々しい人だった。
 玲音さんがその新聞の切り抜きを大事にしているのも知ってる。

 


「少しくらいは刺激を与えてもバチは当たらないよね?」
 ふふっという笑い声を含む呟きが聞こえた。
「……?」
「さっきねぇ。ドリンクコーナーにいるカワイコちゃんがすんごい顔してこっち見てたんだ」
「……は?!」
 蒼が見てたのか?
 玲音さんがいつもよりしつこくしてた理由が、その一言ですぐに理解出来た。
「いかにもショック受けてまーすって顔してたよ。素直でかわゆいよねぇ。あの子なら抱いてもいいかも」
「玲音さん……」
「あ、怒った?青井は感情豊かになったよねぇ。前はからかっても表情ひとつ変えなかったのにね。あの子が変えたのかな?」
「わかってるなら、離して下さい」
「名残惜しいけど離してやるか。ちゃんと打ち上げまでに戻って来いよ」
 ふはっ、という笑い声がまた聞こえた。

 

 

 

 ドリンクカウンターに身を乗り出して、蒼の姿を探す。
 蒼は狭いスペースの隅に腕組みして寄りかかってた。
 他のバンドがライブ中のせいか、俺の声は聞こえないようだ。……いや、もしくは聞こえない振りをしているのかも知れない。
 誤解されたか?
 妬いてくれる姿が可愛くて、自分から種をまくことはあるけれど、こうした不意打ちにはどうしたらいいかわからない。
 前の俺だったら、嫉妬されるのすら面倒だったから理由を説明とか言い訳なんてしたことなかったから。
 以前の自分の行いが悪いのは重々承知。
 誤解されても仕方ないとも思うけど、今の俺は前と違うっていうのもわかって欲しい。
 相手がお前じゃなかったら、誤解を解こうなんて気持ちも湧かなかったって事も。

 


 従業員用の小さなドアから、カウンターの中に入る。
 他の誰かに見付からないように、しゃがんだままで声をかけた。
「蒼」
「関係者以外立ち入り禁止だけど」
「今だけ見逃して」
「なんか用?」
 俺に目線を合わせないで、ぶっきらぼうな声だけが返ってくる。
 わかりやすく機嫌が悪い。
「さっき見てたんだって?」
「…………、それがどうかした?」
 返事は戻って来ても、空き瓶を片付ける手は止まらない。苛立ってるのか、空き瓶を何度も倒している。
 いつもなら作業する手を止めて、俺の方を向いてくれるのに。
「あの人、……玲音さんは、俺を代わりにしてるだけだよ」
 ガチャン、と空き瓶がまた倒れた。
「玲音さんの想い人と、俺の身長が同じなんだ」
 ぴたっ、と手が止まる。
「ただそれだけだよ」
 蒼の視線が俺を捕らえた、そして……
「…………!?」
 バシバシッとタオルで俺の背中を叩き始めた。背中全体にタオルが当たった所でその行為が止まる。


 

「ばーか……」

 


 ぶっきらぼうだった声が、蒼らしい声に戻る。
 たったそれだけの事なのに、妙にほっとしてしまった。
 やっぱり違う。
 蒼の前では、俺は人間になる。
 こんなに感情が揺れ動く事なんてなかったのに。
「ねぇ、蒼。どうしたら許してくれる?」
「許すも何も…、理由はわかったからいい」
「何をしたら、蒼は笑ってくれる?」
「だーからぁ」
「俺には蒼しかいないんだって、わかってくれてる?」
 蒼が一歩、俺に近付いた。
「……青井」
「なに?」
「今夜も叔父さん、飲みに行くんだってさ」
 ぼそっと呟く蒼と目線が合わない。
 でも今度は、それが照れ隠しだとわかって愛しさが込み上げて来る。
「わかった。泊まりに行く」
「……、そ」
「その前に、いい?」
「何を…って、んっ……!」
 両手を伸ばし、蒼の身体を引き寄せて唇を塞ぐ。
 何度もキスをしているせいか、蒼も俺の動きに合わせるようになってきた。
 あんなに逃げ腰だったのに、今では舌同士が絡み合う事が自然になった。
 所在なさげだった手も、俺の背中を抱くようになった。
 そんなふとした仕草や言動で、俺を誘って煽ってくる。
 ……ますます俺好みになっちゃってどうするの?

 

 

「早く部屋に行きたいな」
「ま、だ、片付けとか残ってるっつーの。お前だって打ち上げがあるだろーが」
「そうだね。足がふらついてるけど大丈夫?」
「誰のせいだよ…」

 

 睨んだ目が、すぐに笑みを含んだモノに変わる。
 この瞬間も好きだ。


 


 ……ますます俺を本気にさせちゃってどうするの?

 

 

End