朝早く目は覚めたけど、足は腫れたままだった。
動かすと痛いけれど、歩けない程じゃない。……けど、学校にもましてや病院にも行く気にはなれなかった。
もうちょっと、まだもうちょっと。
昨夜感じた悟史の背中の感触を薄れさせたくなかった。
この破裂しそうな気持ちを残しておきたくて、俺はノートにペンを走らせた。
せめて詞に残そう、この今の素直な気持ちを。
「な〜にやってんだよ、ドジだなぁ」
「お前には言われたくない」
放課後。コンビニの新商品だというドーナツを買って来たナツが、俺の腫れあがった足を見て呆れたように笑いやがった。
「捻挫?骨は折れてないんだろ?」
「歩けっから折れちゃいないだろ」
「病院行ってないのが玲音らしいな〜。安心したわ」
「そりゃどうも。そうだ、ナツ。コレ」
「ん?お、作詞ノートじゃん。新曲出来たん?」
「暇だったからな」
どれどれ…とドーナツを頬張りながら、ナツがノートを開いた。
ナツが読んでいる間に、俺もドーナツを口にする。
そういえば作詞に夢中になってて、今日は何も食べてなかった。一食目がドーナツって、ヘビーだな。
「……なんだよ、コレ」
ぼそっとナツが呟いた。
「曲に合わない?却下?」
「ううん。むしろ俺の方が作り直したい感じ。いいじゃん、コレ!バラードにしようぜ!!やっべ、ギターねぇの?ギター!」
「うちにあるわけないじゃん」
「あ〜〜!フレーズが浮かんできてんのにっ。あ〜〜!その前にみやびさんに会いたくなってきちゃったじゃんか!」
「はぁ?」
ナツが顔を上気させて、ノートをぎゅっと抱き締めた。
「こんなラブソング読んじゃったらダメだろ。好きな人に会いたくなっちゃうだろ。ぜってーいい曲だよ!!俺らの代表曲になるよ!絶対!」
「あ、あぁ、そう?」
「片思いしてる娘が聴いたら涙してる光景が浮かぶっ。この詞に負けないような曲作るからさ、俺!この詞のコピーくれ!」
興奮したナツはもうすでに頭の中にメロディーが浮かんでるのか、エアギターのように指を動かしている。
コイツが曲作りモードに入ったら誰にも止められない。本当にギターが好きなんだと思う瞬間。
プリンターでスキャンしたヤツをナツに渡せば、すぐに受け取って立ち上がった。
「帰ってすぐに作るな!うぅ〜〜今夜は眠れそうにないぜ!出来上がったらデータ送っから!あ、そのドーナツ全部食っちゃって!」
「はぁ?こんなに食い切れねぇよ」
「どうせ永塚来るんだろ?」
「…………!?」
急に悟史の名前を出されたせいか、どう反応していいか困る。
そんな俺を見て、ナツがニッと笑う。
「昼休み、お前の様子見に教室来てたよ。休みだって言ったら、すっげー心配そうな顔してたぜ。メールくらいしてやれよ」
「あ、あぁ……」
悟史の奴、わざわざ様子見に来てくれたのか。
昨夜の悟史の表情が頭に浮かんで、胸がぐっと締まる。
医者に行け、って言われてたっけ。
すっげー心配してくれてたっけ。
作詞してたから学校サボったなんて言ったら、お前は!って怒りそうだな。
まぁ、まだ足は腫れてるから許してはくれるだろうけど。
「玲音さぁ」
「ん?」
「詞の中では素直なんだから、現実でも少し素直になってもいいんじゃね?」
「……んだよ、それ」
「さあね?じゃ、明日!……は、俺が休むかもしれないから、今度な!おっだいじに〜!」
言うだけ言って、さっさとナツは部屋を出て行った。
一人になった部屋で、残された作詞ノートをもう一度開く。
「お前みたいに素直になれねーから、詞にしてんのに」
がぶりと齧りついたドーナツは、甘かった。
甘くて、重くて、ズシンときた。
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