■milk crazy

 


 自分はおかしくなっちゃったのか…って、思った。
 けぇとの傍にいると、息苦しくなる。
 ふざけて抱き疲れたりすると、心臓が止まりそうになる。
 けぇとの声を聞くだけで、どうしていいかわからなくなる。
 ……だから今は、一緒にいることがツライ。
 そう思っちゃうことが、とても悲しいんだ。

 

 −−−僕、安里貴也は阿岸敬人をキライになろうとしてた。

 

 

「な〜、あっさと。今日もトロ野と組むのかよ」
 僕が避けているのが面白くないのか、けぇとは時々絡んでくる。
「けぇとは、あきやんと組めばいいじゃん」
「…お前、最近いっつもソレな」

 


『僕がこんな思いをしてるのは、けぇとのせい。』

 


 そう思えば、けぇとが少しキライになれると思った。
 普通の友達のようになれると思った。
 一緒にいる時間が長かったから、こんなになっちゃったんだ。

 

 僕と、けぇとと、あきやん。
 幼稚園から三人ずっと一緒だった。
 あきやんは三人の中では長男。
 僕達を引っ張ってくれるけど、ちょっと惚れっぽい。いろんな子を好きになっては振られちゃって。
 いつも振られては、僕らに泣きついてきてた。
 でも実は硬派で”オンナノコと手を繋ぐのが夢”っていうかわいいトコも持ってるんだ。
 けぇとは次男。
 お調子者で、おだてられるとなんだってやっちゃう奴。
 僕はいつもいじめられたり、けぇとの弟って感じで扱われてた。
 でも優しくって、明るくって、太陽みたいな奴。
 僕は、末っ子。
 実際も末っ子の長男。小さい頃はちょっと何かあるとすぐ泣いちゃうような奴だった。
 いじめっ子に苛められて泣いてる僕をいつも助けてくれたのが、あきやんとけぇと。
 三人いつも一緒に遊んでた。
 ……でも、なんだか僕だけがおかしくなってきちゃってる。

 

「あっさと、どうしたんだよぉ〜。けぇととケンカでもしたんか?」
 あきやんにまで心配かけちゃってるけど、僕の心は治まらない。
 けぇと以外の人といるのが、楽。
 このままいけば、きっと大丈夫。
 きっと、けぇとがキライになれる……そう、思った。

 


 ………のに。

 

 

 

「ごめんっっ!あっさと!!!」
 ある日突然、けぇとが僕の家まで来て玄関で土下座した。
 さすがに、ビックリ。
「まぁまぁ、どうしたの?敬人クン」
 母さんもビックリしちゃって、オロオロしてる。
「ちょっと、けぇとぉ〜。頭上げて、僕の部屋来てよ」
 僕もいたたまれなくなっちゃって、仕方なくけぇとの腕を掴んで部屋に連れて行った。

 

 部屋に入っても、まだけぇとは項垂れるようにして座ってる。
「もぉ〜…なんなの?」
 僕はけぇとの前に座って、ひとつ溜息。
 すると、けぇとは頭を上げた。
「だって…俺が苛めてばっかいるから、あっさと嫌になっちゃってるんだろ?」
「え…?」
「いっつも俺がからかったり、いろいろ嫌がることしてっから、俺と一緒にいるの嫌になっちゃってんだろ?」
 けぇとが泣きそうな顔、してる。
 胸がぎゅっと締め付けられる。

 


 ……あぁ、また息苦しくなってきた。

 


「俺のこと…キライになっちゃったんだろ?」

 

 ……違う。
 キライになれたら、よかった、のに……。

 


 やっぱり、キライになれないよ…

 

「……あっさと?」
 けぇとの顔が、歪んで見える。
「泣くなよぉ〜。泣きたいのは、俺の方なんだぜ」
「……、違うよ」
「なんだよ?」
「僕、けぇとが好きだよ」
 けぇとの表情が、驚きに変わる。
 でも僕は、もう言わずにはいられなかった。
「大好きだから、離れようと思ったんだ」
「それ、逆じゃねーか?」
「けぇとの思ってる”好き”じゃないんだよ。僕は恋愛の”好き”なんだよ。でも僕達男同士だし……。 だからキライになろうと思ったんだ。だから言わずにいようと思ったんだ。…なのに、けぇとがこんなことするから」

 


 けぇとは、困ってた。
 当たり前だよね。こんな事言われたら、普通は引いちゃうと思うもん。

 


「……もう、帰ってよ」

 


 この空気が、ツライ。
 重くって、息が詰まりそうだ。
 でもこれで終わりに出来るんだ…終わりになるんだ。
 僕は必死で嗚咽を堪えた。

 


「俺、帰んねぇ」
「なっ……」
「あっさと、泣いてるの見ると…苦しい」

 


 ……けぇと?

 


 僕は、けぇとに抱き締められた。
 髪をくしゃくしゃに撫ぜられてた。
「やっと、わかった」
「何が…?」
「俺、お前が好きだ」
「うそ……。けぇとは、流されてるだけだよ」
「流されてねーよ。…俺、ずっと考えてた。なんであっさとが離れていくのが、サミシイんだろうって。 小さい頃から一緒にいるからだって思ったけど、違うんだ。あっさとだから、そう思ったんだ」
「ほんとに?」
「あぁ。…好きだ、あっさ…いや、貴也」

 

 僕の下の名前、初めて呼んでくれた…
 うっ…嬉しいよぉぉ…

 


「僕も好き、敬人っ!」
 ぎゅっと敬人の背中を抱き締める。
 敬人の背中は、僕よりも大きくてあったかい……

 


「男同士って、どうすんのかよくわかんねーけど研究しとく」
「……?何の研究?」
「そりゃぁ〜お前…」
 顔を上げると、敬人がニヤニヤしてた。
 うっ…、すごいいやらしい顔してる。
「敬人のえっち」
「いーじゃんっ、男の本能だ」
 何が本能だか…
 僕はすっかり涙がひっこんじゃったよ。
「たぁ〜かやっ」
 敬人は、にっこりと笑った。
 僕もつられて笑うと、敬人にちゅっとキスされた。
「…うん。これは万人共通、だな」
 ドキドキする間もなく、敬人の台詞に笑ってしまう。
「もぉ〜、ムードがない奴っっ!」

 

               

 これが、敬人だ。
 やっぱりキライになれないよ。
 キライになるなんて、絶対無理だ。
 だって今の僕は、すごく幸せ感じてるもん。
 きっと敬人じゃなきゃ、こんな気持ち味わえない。
 こうして一緒にいることが、とても楽しい。
 そう思えることが、とても嬉しいんだ……

 

end