■あの日の君の勇気

 


「信じらんねぇ!どうすんだよっ、も〜!」
 隣にいる恋人は、どうやら機嫌が悪いようだ。
「今夜、親父がいないんだ。御飯でも食べに来ない?」
「御飯くらいじゃつられねーぞっ!」
「ユウの好きなオムライス作るよ」
 あ、反応してる。
「即席だけど、コンソメスープもつけるよ」
「……行ってやる」
 ユウは変に年上ぶろうとするんだけど、無理してるのがわかるんだ。
 逆にそこがかわいくて仕方ない。本当は甘えるのが好きなクセしてね。

 

 家に着いて、すぐに料理を始める。
 小学校高学年の時から、親父と二人暮し。双子の妹もいるんだけど、母親と一緒に暮らしてる。
 だから、家事は得意。料理もたいていのものは出来るし、不便はしていない。
「すぐ出来るから、シャワーでも浴びてきたら?この前の服、洗ってあるよ」
「うん、そうする」
 親父は仕事柄出張が多いから、いない時はだいたいユウが泊まっていくことが多い。
 服一式置いてあるし、ユウの私物も結構置いてある。
 ユウも自分の家のように過ごしてくれてるし、俺はこの空間が気に入ってる。
 よし、出来上がり。
 卵も半熟。オニオンスープも即席のクセにトロトロになってる。
 照れた顔が見たいから、卵にケチャップでハートマークを書いて完成。
「あ〜、気持ちよかった。…げっ、何書いてんだよ」
 そうそう、その顔が見たかった。
「新婚ぽいでしょ」
「だっ、誰が新婚だよぉ〜」
 いくら口説いても、数え切れないくらい愛を囁いても、新鮮な反応を示してくれるのがたまらないんだよ。
 やっぱり可愛いよ、ユウは。
「うまいなぁ〜、これ。やっぱ孝行の作るオムライス最高っ!」
 おいしそうに食べてくれるから、作りがいがあるしね。
 人前では絶対呼ばない俺の名前も、二人っきりの時は呼ぶ。別に年上なんだから気にしなくてもいいのに。
「よかったよなぁ〜。先輩達仲直りしてさ」
「そうだね。これでクラパートも元通りになるでしょ」
「うん。も〜あんな空気嫌だよ。俺もトロ野も…」
 ユウのスプーンを持つ手が止まった。…思い出しちゃったか。

 

「……お前、なんであいつらにバラしたんだ?」
 やっぱり。声がちょっと低音になってる。
「同じ空気を感じたもんで」
「はぁ?」
「あいつらも出来てんの。まだ付き合い始めって感じだけどね」
  カシャーン…
 あ、スプーン落とした。
「……マジで?」
「見てわかるでしょ。神野なんてトロ野を見る目が全然違うから、わかりやすいのに」
「全然、気付かなかった」
「まだ清い交際だしね〜。俺らと違って」
「だっ、誰が清い交際じゃなくしたんだよ〜!…あ〜、清い交際したかった」
「十分清かったでしょ。二、三日くらいは」
「マセガキは、手ばっか早くてな〜」
 ひとつしか違わないのに、ガキよばわりだし。
 しかも先に告ったのって、ユウの方だし。
 主導権握れなかったのを、ちょっと根に持ってるな…
「早くユウを俺だけのものにしたかったんだから、仕方ないでしょ」
「……なっ」
 みるみるうちに赤くなっていくユウ。可愛いねぇ…
 あ〜ぁ、オムライスがっついてるよ。照れかくしだな。
「ごっそさん!」
「ごちそうさま。今日も泊まっていくでしょ」
「うん。泊まっていってやるよ」
「了解しました。じゃ片付けるから、テレビでも見ててよ」
「うん」
「…あ、口の横にケチャップ付いてる」
「え、どっち?」
「こっち」
 ユウの手が口元に行くよりも先に、俺の舌でケチャップを拭い取る。
 身体が、ビクンとしたのがわかる。
 このまま唇を合わせて、しばらくこの時間を堪能する。
 こわごわとユウの手が、俺の腕を掴む。
 その動作も、好きだ。
 瞳を強く閉じすぎて、眉間に皺が寄っちゃうトコも。
 だんだん力が抜けてくると、俺の方に寄りかかってくるトコも。
 みんなみんな、好きだ。
「…この〜っ…なにしやがる」
 唇を離すと憎まれ口を叩くトコも、みんな好き。
「おいしかったよ」
「……くうっ」



 −−−あの日、君が勇気を出してくれなかったら、この時間はなかったかも知れない。

 

 

 初めて会話を交わしたのは、俺が中1で吹奏楽部に入部して三ヶ月が過ぎた頃だった。
「雨井って、あの透子ちゃんと双子なんだってな」
「はぁ…」
 俺の双子の妹の透子は学校の異端児で有名だったから、そう言われることは珍しくなかった。
 入学早々に制服を改造して着て来たり、上履きも自分で色染めたり、上級生に目を付けられて呼び出されても返り討ちにしたりと一気に有名になってしまった。
 この頃にはもう親が離婚して苗字が違っていたのに、そういう情報は出回るのが早い。
「どうりで顔が似てると思ったんだよ。雰囲気も同じだもんなぁ〜」
 この言葉には正直ビックリした。ほとんどが「全然似てないな」とか言う奴らばっかだったから。
 それにパートも違う先輩が、俺のことをそう言ったのには驚いた。
 ぶっちゃけ俺はこの時、先輩の名前を覚えてなかったし…
「初めて言われましたよ、それ」
 背の低かった俺は、先輩を見上げるようにして笑ってしまった。
 (その頃の俺は、ユウ曰く「コ○ンくん」に似てたらしい)
 それがきっかけで、度々話したりするようになった。

 

 中2になって俺の背が先輩の背を抜いた頃には、休日も遊んだりするくらい仲良くなってた。
 やがて先輩が受験で部活を引退すると、なぜか楽しかった部活がつまらなく感じた。
 部長だった先輩から部長を引き継いで、それなりにやる事がいっぱいあったりして忙しかったはずなのに。
 やけに時間が長く感じたり、先輩の顔を思い出す事が多くなってた。 

 


 そして、あの日。
 卒業式が終わって、部活のお別れ会を開いた。
「よっ、雨井。久しぶり」
 久しぶりに間近で見る先輩は、少し大人になった気がしてた。
「お久しぶりです。合格おめでとうございます」
「さんきゅ」
 もうこれで前みたいに遊んだり、会えなくなるんだ…って思うと余計淋しくなった。
 それなりに整った顔を持ち性格も明るい先輩は、モテていたようで制服のボタンが全てなくなってた。
 それを見てまたもやっとした気分になる。
「なぁ、雨井。一緒に帰らないか」
「いいですけど、戸締りがあるから遅くなりますよ」
「いいよ、待ってる」
 部活を一緒にやってる頃は、こういうことは珍しくなかった。でも今日は卒業式なのに…と、俺は気になった。
「彼女はいいんですか?」
「はぁっ!?彼女なんていねーよ」
「ボタンなくなってるし…。本命は来なかったんですか?」
「……いいから、一緒に帰ろうぜ!」
「はぁ」

 

 お別れ会も無事に終わって、みんなが一斉に帰って俺と先輩だけが残った。
「戸締り終わりましたよ。帰りましょうか」
 ピアノの椅子に腰掛けてた先輩は立ち上がったけど動く気配がなかった。
「先輩、どうしたんですか?」
 俺が近寄ると、先輩は手を差し出した。
「やる」
 その手を見ると、学生服のボタンがひとつ乗せられてた。
「……これって」
「だっ、第二ボタン。…お前に、やる」
 先輩の顔は、真っ赤だった。
 必死さが伝わってきて、嬉しくなった。
「ありがとうございます」
 なぜそのボタンを俺にくれたのか真相が気になったけど、聞くのはやめてボタンを大切にポケットに閉まった。
「なぁ、雨井。お前、もう進路とか決めてるのか?」
「いえ、まだです」
「じゃっ、じゃぁ、俺と同じ高校に来ないか?」
「え?」
「雨井のレベルじゃもったいないとは思うけど、一応特待クラスもあるし…部活も盛んだし……その…、俺、お前と…また一緒に部活がしたいんだ」
  トクン
「それって…プロポーズですか?」
「えっっ!?そっ、そういうわけじゃ…」
「嬉しいですよ、先輩。俺も先輩とまた一緒に部活がしたいです」

 

 この時に、確信した。
 俺は先輩を好きなんだ、って。
 ずっと一緒にいたい人だ、って思った。

 


「よかったぁ…」
 先輩は笑った。
 とてもキレイな笑顔だった。
 俺の胸は、高鳴った。
「ねぇ、先輩。部活以外のコトも一緒にしませんか?」
「…え?いいけど、遊んだりとかか?」
「もっと別のコトですよ」
 俺は近寄って、触れるくらいのキスをした。
 本能のままの行動だった。

 

 先輩は面白いくらいに驚いてくれて、壁にへばりついてた。
 本当にかわいい人だなぁ…。
 俺はさらに近寄って、先輩の身体を抱き締めた。
「なっ!?何すんだよっっ!!!」
「嫌、ですか?」
 そう聞くと、暴れてた先輩はおとなしく腕の中に納まった。
「……嫌、じゃねぇよ」
 そして先輩の腕も、俺の背中をぎゅっと抱き締めてくれた。

 

 それから俺とユウのコイビトとしての付き合いは始まったんだ…

 


「なぁ〜、俺が皿拭くからさぁ〜早くシャワー浴びてこいよ」
「おや、大胆発言」
「ちっ、ちげーよっっ!!!親切心で言ってるんだっ!」
「ありがと。…じゃ、お願いしましょうかね」
「うんっ!」
 ユウがいるこの空間が、何よりも好きだ。

 


 −−−あの日、俺が気付いた小さな感情は今、こうして大きな愛情へと育ってる。

 


 あの日、君が勇気を出してくれなかったら。
 この時間がないものだとしたら…
 いったいどうなっていただろうね?

 

 考えるだけで、嫌になるよ。

 

end