■つまり、結局これが正解。

 



「家に寄ってかない?」
「お〜、マルの家ひっさびさだね。行っていいの?」
「来ていいから誘ってんの」
「あ、そっかぁ。行く行く」


 年上の癖に少し間の抜けたこの人に、俺が家に誘った意味はわからないだろう。

 


 5年前の関係に戻りたい。

 


 そんな俺の気持ちを知らず、テツは「何か買ってく?」なんて呑気に聞いてくる。

「平気。昨日買い物しといた」
「さっすがぁ」

 裏表のない笑顔に、いつも癒され魅了される。
 先輩後輩としても親友にも戻れなかった俺を許して。

 

「うわぁ、すっげぇ。この家具とか超かっこいいじゃん!」
「でしょ?テツに見せたかったんだよね。で、アレがこの前言ってた置き時計」
「いいじゃーん!マルらしいねぇ」

 

 キラキラした瞳で俺を見るテツに、我慢出来なくなってギュッと抱き締める。
 一瞬ビクッとしたけど、すぐにテツは「どうしたの?」って見上げて来た。その上目遣いがヤバイんだってば。

 

「ねぇ、テツ」
「なぁに?」
「俺ね、今すっごく幸せなの。二人でこうして過ごせて、さ」
「俺もだよ。超嬉しい」
「ねぇ、テツ。ずっと一緒にいたい」
「ん?ずっと一緒じゃん」

 

 サラッと返された言葉に、やっぱり意味わかってないなぁって気付いてしまう。こういう所も好きなんだけどさ。
 何も言わなくなった俺に首を傾げるテツ。
 5年前よりも精悍でますます凛々しくなった顔に、頬に手を添える。
 そして薄い唇に軽いキスをする。
 一気に顔が赤くなったテツを、更にギュッと抱き締める。

 

「俺ね、やっぱりテツじゃなきゃダメなの」
「マル……」
「親友じゃ足りないよ、恋人に戻りたいよ」
「だって、それは」
「わかってるよ。本当はいけない事だって。同性愛がバレたら大騒ぎになるって事くらいわかってるから、あの時話し合って別れた。でも、離れても違う人と付き合ってもダメだった。テツが結婚考えてた事があったのも嫌だった。すっごい嫌だった!」
「マル……」
「テツが他の人と仲良くしてるの見るの辛いんだよ。だって、好きなんだもん」
「俺……、三十過ぎたし、あの頃と違うよ?うるさい事も言うよ?マルにはちゃんと恋愛してさ、幸せになって欲しいんだよ」
「テツと一緒にいるのが一番幸せだって言ってるじゃん。ちゃんと恋愛してんじゃん。テツは三十過ぎても、俺の好きなテツだもん」
「こんなおじさん、抱けんの?」
「抱きたい」

 

 ふぅって小さな溜息が聞こえて、テツが俺の頬を撫ぜた。

「泣く程、俺を抱きたいの?」

 

 ……泣く?
 言葉を伝えるのに一生懸命になってて、自分が泣いてる事に気付いてなかった。

 

「……うん、抱きたい。テツをまた俺のモノにしたい」
「困ったねぇ」
「何がだよ」
「マルにそう言われて、嬉しく思っちゃった。困ったなぁ」
「困るなよ!」

 

 こんな時でも「そっか」って呑気に笑う。でも目は真っ直ぐ俺を見てる。
 慈愛に満ちた瞳って、こういう瞳なのかなってくらい優しい瞳で。

 

「困るくらいなら、恋人に戻ってよ」
「え〜〜でもまた同じ事繰り替えさないかなぁ?」
「テツは何も考えてないんでしょ?だったら、大人しく抱かれてよ」
「なんだよ、それぇ」
「……テツヤ。しよ?」

 

 耳元で囁くと、わかりやすいくらいテツの身体が震えた。
 テツが弱い部分、全部知ってる。

 

「好き、大好き」

 

 囁いて、深く口付けて、細い身体のラインを指でなぞってく。
 力の抜けたテツが縋るように、俺の背中に手を回してくる。
 前と変わらない仕草に、また泣きそうになる。

 

「ん……まるぅ、」
「その声、大好き」
「ココじゃ、いや…だ」
「うん。ベッド行こ」
「え?ちょっとぉ!」
「だいぶ筋力ついたでしょ」

 

 ひょいっとテツをお姫様抱っこして寝室に運ぶ。
 テツは恥ずかしいのか、俺のシャツを掴んで顔を隠してた。
 こんな可愛い三十歳いる?
 自分の喉が鳴ったのがわかった。

 

 ベッドに下ろして寝かせれば、ふにゃりと無防備なテツの姿。
 すぐに覆い被さって、テツの身体を堪能する。
 徐々に聞こえてくる大好きな甘い声。
 お気に入りのシャツを雑に扱うと後で怒られるから、そっと椅子にかけておくのも忘れてない。
 別れたあの日からずっと求めてた温もり、熱さ、気持ちよさ。
 今、腕の中にいる人は、紛れもなく一番大好きで大切な人。

 


「テツ、どぉ…?まだ痛い?気持ちよくなってきた?」
「ヤ…バイ……」
「何がヤバイの?」
「おぼえ、て、た…」
「ん?」
「マルの、からだが…おぼえてた」
「テツ…」
「だから、おれ、だれもすきになれなかったんかな…ぁ」

 


 舌足らずな言い方だけど、心にズシンと響いた。
 無意識に俺が嬉しくなるような事言ってくれちゃうんだもん。

 


「俺と同じじゃん」
「そっかぁ。おんなじ、かぁ」
「そ。だから観念して、俺のモノになりなさい」
「どうしよっかなぁ〜?」
「そんな可愛い顔しても誤魔化されないからね。むしろ煽ってるから」
「…ちょ、マル……っ!急に、うごくなっ」
「だめ。止まんない。テツ、大好き過ぎて止まんない」
「すこしはっ、とま、れっ…!」

 


 止まれるわけないでしょ?
 二十年以上一緒にいて、好きでどうしようもなくて、どうやっても諦めきれなかったんだから。
 もうこの人が兄貴面して何を言っても、離す気なんて全くない。

 

 世間体なんて、知らない。
 俺にはこの人がいればいい。
 つまり、結局これが正解。

 

 

end