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■奏鳴曲~君だけに奏でる恋歌~ 第2話


 ――――月曜、午後二時十分


 この時間は誰も来ない美術室の奥にある準備室で、俺はひたすらCDを聴いていた。
 サボり魔の俺は授業をサボるのは日常茶飯事。
 特に月曜の午後イチのHRなんで、もうサボるっきゃない。美術部幽霊部員としての特権で、この場所に入り浸っている。
 イヤホンからは《不即不離》の音楽がエンドレス状態。
 CDで聴いても、葵サンのベースラインは天下一品だった。
 このベースライン、たまんない。はまるっきゃないな、もう。 
 それに歌詞カードをチェックしてみたら、俺がたまんないって思う曲全てが葵サンの作曲したものだった。
 あ~~…もう一回生で聴きたいよなぁ。

 


 酔いしれる俺の耳に、がちゃりとドアが開く音が届いた。
 教師かと思ってデッサン用の石像の影に隠れると、同じクラスの奴だった。…しかも、あまり会話もしたことのない奴。
「なんだよ」
「笹本に聞いたら、ここにいるって聞いてね」
「…なんか用?」
 はっきり言ってコイツ…青井司は苦手なタイプだった。
 勉強が出来て、物静かで、落ち着いてて、前髪長いし、眼鏡してる所がまたインテリくさい。絶対に友達になれないタイプ。
 青井は俺のすぐ傍に寄ってきた。手が伸びたと思ったら、俺の耳からイヤホンを取って自分の耳につけやがった!!
 ……なんだぁ、コイツ!?
「二宮って、こういうの好きなんだ」
「あっ…あぁ」
 予想外の青井の行動にビックリしすぎて「何すんだよ!」が言えなかった。
 しばらくその状態が続いて、気まずさに息が詰まりそうになった時に青井が言った。
「秋の修学旅行の幹事、俺と二宮に決まったから」
「はぁぁぁぁぁぁ!?何でそうなるんだよっっ!?」
 焦る俺にも動じずに、青井はイヤホンを外して俺の耳に戻した。
「面倒な仕事は、いない奴に押し付けるのが常套手段だろ」
 ……うっ。古典的な罠にハマったってわけか。
 はぁ…幹事程面倒なことねぇぞ。修学旅行ですらサボりたかったのに…
「青井もサボってたのかよ?」
「いや、サボってないよ」
「……は?じゃ、なんでお前まで幹事になってんの?」
「ヒマだから」
「………はぁ!?」
 ヒマだからって、やすやすと面倒なこと引き受けちまう神経がわからん。
 よくわかんねぇ奴…。
 イヤホンから聴こえるゴキゲンな音楽と反比例するかのように、俺のテンションは下がりつつあった…

 


「なんで、俺が幹事なんだよっっ!!!」
 クラスに戻って、悪友の笹本祐樹に愚痴る俺。
 そしたら祐樹の奴は、にたぁ~っと不気味な笑いを浮かべやがった。
「面白そうだったから、俺が蒼を推薦しといた♪」
「お前が元凶かよっっ!!」
 怒りのあまり殴ろうとしたら、いともあっさりと避けられてしまった。
 陸上部の短距離走者だけあって、祐樹の反射神経はくやしい程いい。
「だってお前、修学旅行サボる気だっただろ?」
「……うっ」
 図星を指摘されて、拳が萎える。
「めんどくせぇなぁ~~、もうっ」
 はぁぁ…と深い溜息をつくと、祐樹にバンバンと背中を叩かれた。
「いいじゃん、青井が一緒なら頼れそうだしさ」
「そういう問題かよ…」
「いざという時は、甘えちまえって。お前なら女装すればナントカなる」
「……ケンカ売ってんのか?」
「い~んやっ、からかってるだけ。去年の文化祭を思い出しちゃってねぇ」
「思い出すなっっ!!!頼むから消し去ってくれっっ!!」

 


 記憶から消し去りたい思い出…去年の文化祭のクラスの出し物。
 その時もHRサボってて、いつの間にか喫茶店のメイドにされてしまってた。
 クラスの女子が面白がって、男子で俺一人だけメイド役に巻き込みやがったんだ。
 もちろんウケ狙いのハズだったのに、ロングヘアのかつらとメイクをした俺は洒落にならないくらいハマってしまい、その日の指名ナンバーワンに輝いてしまったんだ…。
 童顔だとはうすうす気が付いていたけど、まさか女顔だったなんて…とすげぇショックを受けてしまった俺は、ますますサボり癖が付いてしまった。
 そのサボリ癖がまたアダとなったか……成長しねぇなぁ、俺。

 


「でも、アイツ変わってるよなぁ~」
「…アイツ?」
「青井。アイツ、自分から立候補したんだぜ」
「…げ、マジ!?」
 指名されて引き受けたんだと思ってたのに、立候補だったのかよ。
 うわ……物好きな奴。
 ヒマだったら、もっと他の事すりゃぁいいのに。俺には理解不能だ。
「あ、そうだ。水曜の放課後に会議あるってよ。頑張れよ~、蒼ちゃんっ!」
 ……………沈没。

 

 ……だるっ。
 修学旅行の幹事が集まった教室には、いかにも押し付けられたって感じの真面目そうな奴や大人しそうな奴、お祭り騒ぎ大好きそうな奴らがが集まっていた。
 机に突っ伏す寸前の俺は、問題外だろうか。
 話を聞いていく度に、気が重くなって逃亡したくなっちまう。
 班分け、部屋分け、回るコースの作成……挙句にはしおり作りだと!?俺のだいっ嫌いな雑用ばっかじゃねぇか!
 あ~~もう、ありえねぇよ…
 隣に座ってる青井は、平然と話を聞いてる。全部頭に入ってんのかなぁ。
「聞いてるか、二宮!」
 “なんでここにコイツがいるんだ”とばかりに、学年主任が俺を睨みつける。
「はーい、聞いてマス」
 授業サボるし成績も中の下の下な俺は、目を付けられるには格好の獲物。
 全然接点のない学年主任に名前を覚えられちまってるくらいだしね。コレでバーテンまがいの仕事してんのバレたら即停学か退学だろうな。
 つまんない会議もようやく終わって、俺は背伸びしながら大あくび。
「二宮、修学旅行の話し合いするから、しばらくはHRはサボるなよ」
「ふぇ~~い…」
 青井の忠告にも、アクビまじりで答えてしまう俺。
 つまらないモノは、つまらない。

 


 ――――土曜、午後八時
 やっぱストレス解消は、これっきゃねぇよな。
 今夜出演しているバンドもそれなりにいい感じで、仕事をこなしつつも楽しくなってくる。

 


 学校にいる俺は、キライ。
 ココにいる俺が、本当の俺。

 


 ずっとココにいられたら最高だよな。名前も知らない奴でも、知り合いのような口調で話したり、面倒な事を言い出す奴もいない。
 “音楽が好き”ってだけで盛り上がれるし、仲良くもなれる。俺にとっては、まさにパラダイスだ。
「…やぁ」
 低音の声が聞こえて振り向くと、そこにはあのベーシストが立っていた。
「あ、葵サンっっ!?」
 黒のシャツにGパン姿の葵サンは、この前みたいに銀色の髪は全体的にはおっ立ててなかったけど、前髪だけツンと立っていた。
「ビールくれる?」
「はいっ」
 ビールを手渡しても、葵サンはカウンターに寄りかかる様にして立ち去る様子は見せなかった。どうやら遠目からライブを見るようだ。少しくらい話しかけても平気かな…
「この前は、CDありがとうございました!…あの、すっげぇよかったっす」
 思い切って話しかけてみると、葵サンは嫌な顔せずに顔を向けてくれた。
「俺、葵サンが作曲した曲好きっす!特に《憂鬱な空路》の間奏のベースラインがたまんないっす!!」
「あぁ、あの部分は指で弾いてるからね。少し音の重みが違うだろ?」
「やっぱり、そうだったんすか!?すげぇヘビーな感じしたっす!」

 


 葵サンが相づちを打ってくれるのをいいことに、俺は半ば興奮気味に“あのメロディも好きだ”とか“あの曲のサビが”とか熱く語ってしまった。
 語り終わる頃には喉が渇いちまって、自分の分のドリンクを入れてしまった。
 そこで気付いたんだけど、演奏が違うバンドに切替わってた。
 ……やっちまった。
「すっ、すいません!ライブ見に来てんのに、俺の話に付き合ってもらっちゃって…。迷惑でしたよね、本当っ、すいません!!」
「いいよ、別に。特に見たいバンドってわけでもなかったしね。…それより、まだ気付かない?」
「……はい?!」
 ん…?何に気付かないって言ってるんだろ…?
 葵さんの言ってる事がよくわからなくて、俺は首を傾げてしまった。
「気付かないか。…仕方ないな」
 そう言うと葵サンは胸ポケットにささってた眼鏡をかけて、ツンツンにしてある前髪を手で下ろして見せた。その姿は……

 

「………………………!!!!!!!!!」

 

 声にならない叫びを上げてしまう、俺。
 目の前にいた葵サンが……あの青井になっていたから!!!
「なななななな…」
「ようやくわかったか。俺は、すぐ二宮の事わかったよ」
 青井は眼鏡を外して、また胸ポケットに戻した。前髪も元に戻る。
 ………なんだよ、全然わからなかった。
 人って眼鏡と髪型や髪の色だけで、こんなに変わっちまうものなのかよっっ!?
 それに俺…コイツのこと、思いっきり褒め称えちまった!!!きっ、気まずい…
「学校でも、それくらい機嫌がよければいいのに」
「…べ、別にいいじゃねぇかよ…」
「この事は学校の奴らには内緒な。…二宮も内緒なんだろ?未成年がアルコール扱ってんだから。お互い様って事で、ね」
 さらりと脅迫されたような気がしたのは、気のせいか…?
 青井は固まる俺を見て、楽しそうに笑ってやがる。お前こそ、学校じゃそんな顔してねーじゃねぇか!!!
 しかもビール飲んでやがるしっっ!!!
「常連になるから、サービスしろよ」
 それだけ言い残して、空になったカップを置いて青井は帰ってしまった。
 まだライブの途中じゃねぇか…何しに来たんだ、アイツは?
 やっぱりアイツ、よくわかんねぇ……。

 

 “人はみかけによらない”……そんな文章が頭を掠めた。

 

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