■間接的独占欲

 



 ガガガガガ……
 キッチンの方からミキサーだかスムージーの機械音がする。
 目をこすりつつスマホを見れば、まだ朝6時を過ぎた所。
 俺の抱き枕は相変わらず朝が早い。
 ぱふっともう一度布団に顔を伏せれば、機械音が止まってJ-POPの曲が聴こえてきた。
 あぁ……アイツんち、って感じで安心する。

 

 昨夜まで仕事に追われてドス黒かった心も、尚弥によって心の洗浄完了。
 久しぶりの平穏な時間に、ふふっと笑いが漏れてしまう余裕すら生まれる。
 いっそ一緒に暮らせたら、ずっと心が平穏でいられるのに。
 部署は違うけど同じ会社で同じマンションに住んでるっていうのに、仕事の進捗状況によっては何日も顔を合わせなくなってしまう。
 大学の頃は毎日顔合わせていたせいか、何日も会えないのは精神的に悪い。
 でも同棲なんかしたら、同級生や知り合いにバレた時に追求されるのも面倒臭い。
 若い頃なら「金がないから」とか言えるけど、今の俺達には通用しない言い訳。
 年齢を気にした事はなかったけど、この時ばかりは気にしてしまう。

 


「うまっ」

 


 恐らく生ジュースを飲んだんだろう。
 尚弥は美味しいと、すぐに口に出すから。
 社会人になって何年経っても、組織の理不尽な世界に染まらない尚弥。いつまでもナチュラルなまま。
 だから、みんな尚弥に気を許すんだろう。
 尚弥が仲間や会社の先輩後輩と仲良さそうにしてるのは微笑ましいけど、ちょっと……かなりジェラシー。
 でもこんな幸せな時間を過ごせるのは俺だけの特権。
 そう考えれば、ジェラシーだってすぐに……は、無理だけど解消される。

 


「パン食べたいな〜。孝俊、まだ寝てるかなぁ」

 


 そんな言葉が聞こえた後、ぱたぱたと足音が近付いてくる。
 ドアを開ける音と共に寝たふりする俺。

 


「孝俊ぃ、そろそろ起きない?今日も仕事でしょ?いつものパン屋さんに寄ってから行こうよ」

 


 起きてるけど、まだ寝てるふり。
 尚弥が焦れてゆさゆさと俺の肩を揺するのも好きだから。
 俺の名前を何度も呼んでる。ほら、焦れ始めた。
 きっと頬を膨らませながら、ベッドに近付いて来てる。

 


「孝俊ってばぁ〜、起きろよぉ」
「ん〜〜?」
「出勤前にパン食べに行こうよぉ〜」
「ん〜〜……」

 


 ゆさゆさゆさと心地いい揺れと、いつも以上に舌足らずな声。
 あぁ、もう限界。可愛すぎる。
 揺らす手首を掴んで、身体を引き寄せて抱きかかえる。

 


「ちょっ、孝俊っ?!起きたの?」
「起きたよ〜、おはよ〜尚弥」
「おはよ……、っ」

 


 おはようのキスに、尚弥の体がビクッと跳ねる。
 昨夜これでもかってくらいキスしても、この反応だもんなぁ。たまんない。
 つい調子に乗って深く口付けしてたら、尚弥に頭を叩かれた。

 


「いってぇ〜」
「あ、朝から、なにすんだよっ」
「仕事なければ、もっとすごいことするんだけどな」
「ばかっ!もう無理だよっ」
「あ〜…いつもより回数多かっ…いてっ」
「ばかっ!」

 


 あ〜ぁ、顔が真っ赤っ赤。
 それで30歳?嘘でしょ?だから中学生レベルの恋愛感とか言われちゃうんだよ。
 だから俺はその辺は安心していられるんだけど。

 


「パン、食べに行く?」
「うんっ」

 


 さっきまで怒ってたのはどこへやら、めっちゃ笑顔で頷いてる。
 やっぱり尚弥には、俺じゃなきゃダメでしょ?
 俺が尚弥じゃなきゃダメなくらい、尚弥も俺じゃなきゃダメってなってしまえばいい。

 


「ねぇ、尚弥。今日はネクタイ交換していこうよ」
「昨日のネクタイ?」
「そう。部署が違うんだし、バレないって」
「孝俊って、そういう遊び好きだよね〜。いいよ、交換しよっ」

 

 違うよ、尚弥。
 尚弥を狙ってる奴とかが気付いたら、俺のモノだって無言の圧をかけてやるんだよ。
 離れてる間でも、尚弥に俺の存在を意識して欲しいからだよ。
 俺の独占欲がハンパじゃないの、まだ尚弥はわかってないだろ?
 直接的には言わないけど、間接的に教えてあげるよ。
 遊びにみせかけて、ね。

 

end