僕には兄が三人いる。
僕は四人兄弟の末っ子だ。
父親は単身赴任中、母親は看護士で夜勤もやっているから生活リズムも違い、ほとんど兄弟だけで生活してると言ってもいいくらい。
だから僕は、中学三年にして自炊が得意になった。
周りの友達には言えないけれど。
「はよー、冬生(フユキ)。味噌汁貰うぞ」
「秋兄ぃ、おはよ。帰ってたんだ」
「あぁ。朝方こっちに着いた。お、豆腐とネギとワカメかぁ。最強だな!」
鍋の蓋を開けて、目を輝かせてる長男の秋生(アキオ)26歳。
トラックの長距離運転手をやっていて、一週間のうちに二回くらいしか帰って来ない。だから戻って来た時は疲れ顔と無精髭で老けて見える。今がそんな感じ。
秋兄ぃは自称“スナフ○ン”
トラックにいつもギターを積んでいて、誰もいない駐車場や海岸で弾き語りをしては一人楽しんでるらしい。
傍から見れば怪しい人。
学生の頃からギターケースと小さなバックを持って一人旅とか出てたりしてた。
だから今の仕事は適職なのかも知れないって思う。
「ふゆ〜、おはぁよ。いい匂いする〜」
「春兄ぃ、おはよ。味噌汁飲む?」
「飲む飲む〜」
「豆腐とワカメとネギの最強トリオだぞ!」
「あれぇ?秋兄ぃも帰って来てたんだぁ」
ちょっとのんびりした口調の次男の春生24歳。
カーキ頭にピンクのメッシュ。洋服も個性的で男なのにウサ耳のパーカーとかやたら派手な色のモノを好んで着てる。
春兄ぃは自称“カリスマになるであろう美容師”
個性的な美容専門学校を卒業して、これまた一部の人達が集まりそうな個性的な美容院で修行中。
いろんな意味で目立つ人。
中学や高校の時も制服をアレンジしたりなんだりで先生に怒られてた、って秋兄ぃから聞いた。
すごく目立つから一緒には歩きたくないけど、家では洗濯や掃除やってくれたりする優しい兄貴でもある。
「ふゆも髪が伸びてきたねぇ。今度の休みに切ってあげよっか?」
「お願いしたいけど、髪を染めるのは嫌だよ」
「先手打たれちゃったか〜。新色試してみたかったんだけどなぁ」
「そういうのは夏兄ぃにしてよ。僕は受験生だって何度も言ってるよね」
「はぁ〜い」
「わはっ、冬生はしっかりしてるな。夏生(ナツオ)とは大違いだ!」
噂をすればなんとやら。
秋兄ぃが豪快に笑い出すと同時に、階段をダッシュで下りてくる騒がしい足音がしてきた。
「やっべぇぇ!寝坊したぁ!みんな、おはよー!」
ぼっさぼさの金髪頭に、シャツのボタンは留めてない、ネクタイも肩にかけてるだけの三男夏生。高校生。
春兄ぃと体型も顔もそっくりだから、よく双子に間違われたりしてる。
僕や秋兄ぃも目元は似てるけど、この二人程そっくりじゃない。
夏兄ぃは自称“ギターで天下取る男”
ギター自体は小学生の頃からやってたけど、高校からバンドも組むようになってライブを開けるレベル。
寝ても覚めても夢を見てる人。
部屋が秋兄ぃと一緒の事もあって、ギターは小さい頃からおもちゃにしてたって春兄ぃから聞いた。
甘え性分で兄貴達にいろいろやってもらうくせに、ギターの事に関してはストイック。
「なつ!その頭で学校行く気かよ〜。それは俺が許さないよ〜」
「直してる時間なんてねぇよ!」
「も〜、じゃ一分そこで大人しくしててよ」
「うんっ」
夏兄ぃがシャツのボタンを留めてる間に、春兄ぃが慣れた手付きで寝癖を直していく。
その間に秋兄ぃがハンカチとか用意してあげてて、僕はエネルギー補給のゼリーやドリンクを夏兄ぃに手渡す。
「ありがと、みんなー!じゃ、いってきまーすっ!」
すっかり身支度も整って、またダッシュで家を出て行く夏兄ぃ。
毎朝こんな調子で、学習能力がない。
「相変わらずだなぁ、夏生は。冬生は急がなくて平気か?」
のんびりと朝ご飯を食べてる僕に、秋兄ぃが視線を向ける。
「平気。洗い物する時間も計算に入れてるから」
「わはっ、本当にどっちが末っ子かわかんねぇなぁ」
「なつは成長しないからねぇ」
「春生もだろ?」
「あ、バレたぁ?秋兄ぃだって変わらないよぉ」
「永遠の17歳だからな!」
わははー、あははーっていう二人分の笑い声と、ずずっと味噌汁をすする僕の音。
こんなお気楽な兄達に囲まれて育ったせいか、僕はしっかりしてしまったんだ。
ついでに言うと母親も楽天的。
息子が春夏秋冬揃ったわぁ♪って喜んじゃってる人。
僕は黙々と仕事をしてる父親似だと思う。
……、でもね。
お気楽だけど兄達が羨ましいとも思うんだ。
僕には“自称”がない、から。
趣味もないし、目指したいモノもない。
とりあえず勉強しておけば、将来どうにかなるかなっていう打算だけで過ごしてる。
いつか僕にも兄達みたいに“自称”がみつかればいいな。
……髪は染めたくないけど。