■奏鳴曲〜君だけに奏でる恋歌〜 第1話


 ―――土曜、午後七時三十五分


「こんばんは、蒼ちゃん。ドリンクくれる?」
「こんばんはっす、トーコさん。このところ毎週っすね」
「今夜は気になるバンドが出るから、見逃せないの。きっと、蒼ちゃんも気に入ると思うわよ。私のオススメ」
 ゴシックロリータファッションに身を包んだ彼女は、ドリンクを受け取るとライブハウスの闇に溶け込んでいった。
 ここはライブハウス《MOON HOUSE》。
 音楽が好きな奴らが自然と集まってくる場所。音楽好きな奴らのパラダイス。

 


 俺、二宮蒼太郎。ココのバーカウンターの手伝いをしてる高校二年生。
 未成年がアルコールを扱うのは一応禁止なので、帽子とサングラスで変装して働いてる。
 多分バレバレなんだろうけど、ココではそんな小さい事を気にする奴らはいない。
 それに、ココのオーナーは俺の叔父さん…母親の弟がやってるんだ。
 バンド音楽が大好きな俺は、高校に近いからという名目で叔父さんの家に住み着いている。
 ライブがある時はこうやって手伝いをしながら、ビートを楽しんでる。叔父さんも人手が足りないと言ってた所だったし、利害一致ってやつ。
 …それ以外にも実家を出たい理由もあったんだけどね。
 ココにいる時間が、何よりも好き。
 ここにいる俺も、一番好きだ。

 


 客の動きが慌ただしくなった。さっきよりも明らかに人口密度が高くなってる。トリを務めるバンドの演奏がそろそろ始まるらしい。
 バンド通のトーコさんのオススメと聞いたら、聞かないわけにはいかない。
 俺はドリンクオーダーが途切れたのをいいことに、ステージが見えるカウンターの端を陣取った。
 やがて照明が全て落ちて、青いスポットライトがステージを照らした。
 ……と同時に、ベース音が響いた。

 


 たった、一音。
 たった一音だけだったのに、胸を鷲掴みにされた気がした。

 


 なんだよ……これ、ヤバイ。
 ベース音の上にかぶさるようにしてドラムのリズムが続き、ギターがこれから始まるというドキドキ感を煽って、ボーカルが登場すると会場が一気にヒートアップした。
 …このバンド、すげぇ。それになんだよ、このベースライン。
 元々ベースの音が好きで自然とベースの音を拾うクセがついてた俺は、今耳に流れ込んでくるベースラインにぞくぞくしっぱなしだった。
 ステージでベースラインを奏でるベーシストに、視線も釘付けになってしまう。
 細身のシルエット。ツンツンに立ち上がった銀色の髪。
 うっすらメイクはしてるんだろうけど、それも必要のないくらい整ってそうな顔立ち。同性なのに惹きつけられる。
 表情を崩さずに、ひたすらベースを奏でてる姿はすげぇ、クール!
 うわ…やられたって感じ。トーコさんのオススメにはハズレがない。
 俺はステージから彼らが消えるまで、ずっと彼が奏でるベースラインに酔っていた。

 

 ライブが終わり客が出て行って、関係者だけがこの空間に残った。
 ココではライブが終わった後、そのままライブの打ち上げをしてもいいという事になっているから、いくつかのバンドがごっちゃになってライブの余韻を楽しんでいる。
 俺も仕事をこなしながらも、まだあのベースラインに酔っていた。ここまで引きずるのは、俺としては珍しい。
「ジンライムひとつ」
「…あ、はい」
 ドリンクオーダーの声に目を向けると、あのベーシストだった。
 俺の心拍数が上がった。
「さ、さっきのステージ、すっげぇかっこよかったっす!」
 思わず声が大きくなってしまって、ベーシストは少し驚いたようだった。
 うわわわわわ、落ち着けよ、俺。
 気を落ち着けようと、オーダーされたジンライムを作り始める。
「…ありがとう」
 落ち着いた低い声が、耳に届いた。
 その声に落ち着きつつあった俺のテンションが、また一気に上がる。
「あ、あのっ!CDとか売ってないんすか?俺、欲しいんすけど」
「新品はないけど、俺が持ってるのでもいいかな?」
「え…!?いいんですか!?」
 ベーシストはふっと微笑むと、楽器ケースの中から一枚のCDを取り出して俺の前に置いた。少し傷はあるものの、綺麗な状態だった。
「いくらですか?」
「いいよ、タダで。中古だしね」
「えぇっ!?そんな、悪いっすよ!」
「誉めてくれたお礼」
 そう言ってベーシストはジンライムの入ったグラスを持って、打ち上げの輪の中に入って行った。
 うわ…すっげぇいい人じゃん。言ってみるもんだなぁ…。
 一人になったカウンターで、貰ったCDの歌詞カードを見る。

 


 《不即不離》…BASS 葵


 葵サン…かぁ。よし、要チェックだ。
 俺は早くCDが聴きたくて、早く仕事が終わらないかなぁって思っていた。

 

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