■奏鳴曲〜君だけに奏でる恋歌〜 第3話


  ――――月曜、午後二時十五分


 あ〜〜〜〜…だるすぎる。
「一グループ六人で班分けして下さい。決まったグループから名前を紙に記入して、俺か二宮の所に持って来て下さい。最終日だけはホテルになるので、その時だけ二人部屋になります。その際のペアも記入して置いてください」
 淡々と丁寧口調で説明する青井の横で、ぼぉーーっとしている俺。
 班分けでザワザワしだす教室。男はまだしも、女は元々グループ出来てたりするから、人数合わせでギャーギャー言ってやがる。
 は〜…うるせぇ。なんだっていいじゃねぇか。
「二宮、俺達は一緒の班でいいか?その方が都合がいいし」
「あ〜、なんでもいいぜ」
 学校で顔を会わせた青井は、やっぱインテリ青井だった。ベーシストの葵サンとは程遠い。
 ちょっとまだ信じられねぇなぁ…。親類とか兄弟じゃねぇのか?
「蒼〜!お前も一緒に組むか?」
 祐樹が大きく手を振りながら、近寄ってきた。
「あ〜、もれなく青井も付いて来るぞ」
「OK!幹事様二名お預かりぃ!これでちょうど六人になったわ。蒼、記入しておいて」
「俺がかよっっ!!!」
「いいじゃん、頼むよっ幹事様っ!俺と陸上部の3バカが一緒だからなっ」
 ぽんと俺の肩を叩いて、奴は自分の席に戻って行ってしまった。
 ……祐樹、いつかぶっとばす!!
 はぁ〜と溜息付きつつ、紙に名前を書いていく。
 え〜っと、笹本に工藤に…京本に…佐々木に…青井……アオイ……あおい。
 もしかしてバンドでの名前って、漢字変えただけか!?単純だな、おい。
「青井、書けた」
 記入した紙を渡すと、青井はじっとその紙を見た。
「二人部屋のペアはどうするんだ?」
「あ〜…そんなんもあったっけ。いいじゃん、上からペア組んじゃえば」
 女と違って男は別に細かい事は気にしないだろうから適当に答えると、青井はその紙に追加記入してくれた。
「今日の帰り、残れるか?」
「…なんで?」
「班分けの一覧作らないとだろ」
「………ぐぇ」
 あ〜〜〜〜、パラダイスに戻りたい…。

 


 その日の放課後、担任のノートパソコンを借りて班分けの一覧作りをするはめになった。
 入力は青井に任せて、俺は嫌々ながらも読み上げを担当する。
 カタカタとリズムのいい音が、俺達しかいない静かな教室に響く。
「……で、男子は終わり」
「………ん」
 学校にいる青井はもちろん銀髪じゃなくて、少し茶色がかった髪色で眼鏡にかかるくらいの前髪がサラサラとなびいてる感じ。
 ライブハウスで会った時と雰囲気も全然違うし、やっぱり信じられない。
 コイツが葵サンなんてなぁ…。

 


「…なに?」
「あ……」
 気が付けば、オデコ全開の青井の顔が近くにあった。
 無意識のままに俺の手は、青井の前髪をかきあげていた。…何やってんだ、俺!!!
「わっ、悪りぃ!!!」
 慌ててその手を離すと、青井はタイピングをする手を止めた。そしてその手で眼鏡を外して、前髪を掻きあげて俺に見せた。
 すると、ライブハウスで会った時の顔が現れた。
 間違いないんだ、葵サンは青井なんだ…。
「気が済んだ?…面白いね、二宮は」
  …はっ。
 いけね、じーっと見てしまった。我に返って、視線をずらす。
「親類とか、双子とかじゃねぇんだ」
「まだ疑うんだ。俺、一人っ子だよ」
「疑うっていうか、すげぇギャップがあるからさぁ」
 青井は前髪を下ろして、眼鏡をかけて元に戻った。
「それ、ダテ?」
「いや、本物。外すとほとんど見えないよ」
 青井の手が、またキーボードに触れた。
 バンドの事とか曲の事とかまだ聞きたい事あるけど、聞いていいもんなのかな…。とりあえず作業が終わってからにするか。

 


 女子の分の用紙を手に取ると、ガラッと教室の扉が開いた。
「司、まだ帰れないの?」
 このクラスじゃない女子が、ずかずかと教室に入ってきて俺達の前に立った。
 ロングヘアの気の強そうな美人系の子。上履きの色を見ると、一個上の学年だった。
「しばらく帰れない」
「ふ〜ん、じゃぁ待ってるから」
「先帰ってていいよ」
 考える間もなくそっけなく返す青井に、彼女が不機嫌そうな顔をした。
「自分の教室で待ってるからね、迎えに来て」
 彼女は言うだけ言って、さっさと教室を出て行ってしまった。
 その姿に、俺はなんとなく圧倒されちまった。やっぱ女って強い…。
「はぁ〜、すげぇなぁ。青井の彼女?」
「一応な」
 淡々と答える青井は、全く動じてないようだった。
「付き合って長いのか?」
「そんなに長くないと思う」
「思うって、付き合い始めた日とか覚えてねぇの?」
「そういうのはイチイチ気にしないから」
「へぇ〜〜、青井ってクールなんだな」
 年上の彼女がいるっていうのもビックリだし、インテリ風の青井にあの彼女っていうのもビックリだ。
 ライブの時にでも知り合ったとすれば、納得出来るかもな。

 


「クールって言うよりも、木偶の坊?」
「え?」 
「何やっても、本気になれないんだよね」
 青井はさらっと言ったけど、結構問題発言じゃねぇの?コレって。
「でもさ、お前にはベースがあるじゃん」
 青井はディスプレイから視線を外して、俺を見た。
「中学の先輩に誘われたから、やってるだけ。来るもの拒まずだから」
 ……あ、ちょっとショック。
 あんなイカすベースラインが弾けるくせに、本気じゃなかったんだ…。
 本気じゃないのに、なんであんな曲まで出来てしまうんだ…?
 木偶の坊だとしたら、あんなすげぇメロディ作れねぇと思うのに。
「……俺、青井のベース好きだけど」
 ぽろっと口から零れ出た言葉に、自分でビックリした。
 ライブハウスで散々褒め称えちまった前科があるし、今さらだけどやっぱ気まずい。
 気まずさで横を向いた俺に、青井はとんでもないことを言いやがった。
「それって、告白?」
「はぁぁぁぁぁぁ!?ちげーよっっ!!!」
 何が告白だ!?ヤローに告白するわけねぇじゃねぇか!!冗談でもたちが悪いぜ!?コイツの思考回路やっぱ理解不能だ!!
 思いっきり睨んでやると、青井はふっと笑った。
「…サンキュ」
 どきん、とした。
 今までのそっけない淡々とした口調から、急に優しい口調になったから。
 それに表情も穏やかな笑顔らしきものを浮かべてやがるし…
 なんだかこっちの方が照れくさくなっちまったじゃねぇか…!!!
「じょっ、女子の分やっぞ!!早く帰りてぇんだからよっっ!」
 誤魔化すように手に持ってた用紙で、ばんばんと机の上を叩いた。
「そうだな」
 青井はそのまんまの表情で、またディスプレイに視線を戻した。

 


 なんかコイツといると調子狂っちまうよ…。今の表情なんてモロ葵って感じだし。
 本当のコイツは“青井”なのか“葵”なんだか…どっちなんだろ?
 ……っていうか、お前だっていつもそれくらい機嫌がよけりゃいいのに。
 心の中で言い返しつつ、思ったより苦痛でなくなった雑用をこなしていった。

 

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