「蒼太郎、今夜は盛り上がるぞ〜!在庫多めに準備しておけよ」
「わかってるって」
週末になると新一叔父さんのテンションが上がる。
特にイカすバンドが出演する日は、満面の笑みを浮かべっぱなし。
本当にバンドが好きなんだな〜って思う。さすが周囲の反対を押し切って脱サラしてライブハウスを作っちまっただけのことはある。
今夜の出演バンドは五組。その中に《不即不離》も入ってた。
あの日以来の《不即不離》のライブだし、俺のテンションもいつもより上がり気味。
「在庫チェック完了〜!そっちも手伝おっか?」
「お、早いじゃねぇか。じゃ、入り口の掃除頼む!」
「おっけー!」
きっと俺は親父よりもお袋よりも、新一叔父さんと同じ成分の血が多いに違いない。
ライブハウス内に歓声と地響きが起こる。
5組中3番目に《不即不離》のライブが始まった。あの…俺が惹かれたベースラインが耳に響いてくる。
あーーー…やっぱ生の方が、クるなぁ。
今夜は客も多くてステージ上はよく見えないけど、ちらりと見えた葵になってる青井は初めて見た時と同じスタイル…銀髪をツンツンにしてクールにベースを奏でてた。
……全然、木偶の坊なんかに見えねぇっつーの。
アイツが木偶の坊だったとしたら、こんなに人を魅了することなんか出来っこない。現に葵への声援だって多い。
ベースはバンドの縁の下の力持ち的なポジションだから、ベースが崩れたらバンド全体の音も崩れる。
でも《不即不離》はしっかりとした土台の上で最高の演奏をしてる。
…アイツはそれをわかってんのかな。くやしいから俺からは言ってやんないけどさ。
会場のボルテージをMAXにして《不即不離》の出番が終わった。
次のバンド目当ての客との入れ替わりの人波が出来る。
《不即不離》ファンはみんな顔を紅潮させてライブハウスを出て行く。
ライブが最高だったって証拠、だ。
4番手のバンドの演奏が始まって、また会場に歓声が戻ってくる。さっきよりも若干客が減ったものの、まだまだ熱気はすごい。
「お兄さん、ビールよっつね!」
ライブを終えた《不即不離》のメンバーがドリンクを取りに来た。ギターの人がライブのまんまのテンションでオーダーする。
「はーい、お疲れっす」
ビールの入ったカップを四つカウンターに並べると、四本の手が伸びて来てカップを掴むとそれぞれに散っていく。その中で、一本の手だけがカウンターに残った。
「仕事、お疲れ」
「そっちこそ、ライブお疲れ」
青井はカウンターに寄りかかって、ビールに口を付けた。
喉が渇いてたのか、グビグビとジュースを飲むかのように勢いよく飲んでいく。
仕事の後の一杯、ってやつか?
まだ青井の首筋には、汗が伝ってた。あれだけの熱気に包まれれば当然かもな。
「ライブ、どうだった?」
「あぁ、会場すげー盛り上がってたぜ。ヘッドバンキングしすぎて倒れるんじゃねーかってくらいの奴らもいたし、前より熱狂的なファンが増えたんじゃねーの?」
「周りの反応じゃなくて、二宮はどうだった?」
「おっ、俺!?……ま、まぁ、よかったんじゃねぇの?」
本当はよかったどころじゃなくてキまくってたけど、青井には言えない。
青井が葵って事知らない頃だったら、また語りだしてたかもしれないけど…。
「あ〜ぁ、素直じゃなくなっちゃったか」
青井の口元が笑ってやがる。……ちっ、お見通しかよ。
くそ、このままじゃ不利だ。話題を変えてやる。
「そ、そういえば、あの気の強そーな彼女は来てねぇの?」
「来ないよ」
「フツー彼氏のライブっていったら、見に来るもんじゃねーの?」
「バンドしてるの言ってない」
なんでもないようにさらりと言われて、ちょっと拍子抜け。
「…そんなもん?」
「別に言う必要もないだろ。俺がバンドしてるの知ってるのはメンバーと、二宮だけだよ」
…ドキン
…って、何また胸が鳴ってんだよ、俺っっっ!!!
あーーーー、もうっ、コイツといると調子狂うなぁっっ!!!
この話題もダメだ、次行こう、次!!!
「そ、それって、カラコン?」
青井の瞳を指差して聞く。銀髪にブルーの瞳なんて、異星人みたいだ。
「あぁ」
「ちゃんと見えてんの?目、すげー悪いじゃん」
「見えてるよ。度が入ってるカラコンだしね。…二宮のはダテ?」
今度は、青井が俺のサングラスを指差した。
「うん、ダテ。俺は誤魔化す程度に変装出来てりゃいいからさ」
「外してみてよ」
「…はぁ?なんでだよ」
「この前のお返し」
…………あ。
数日前の自分の失態が頭に浮かぶ。ちっ…しゃぁねぇなぁ。
みんなライブに夢中でドリンクを取りに来るような客もいなそうだし、まぁいいか。
そう思って俺は、サングラスを外した。
……と、同時に柔らかいモノが唇に触れた。
目の前に影が差して。
目が慣れてくると、それが青井のドアップだって事に気付いて。
唇に触れているモノが、青井の唇だって……わかった。
ほんの数秒の事なのに、それがスローモーションのように思えた。
「誉めてくれたお礼」
青井はそう言って、微笑んだ。
固まって動けなくなってる俺の手からサングラスを取って、俺にそれをかけて、カウンターから離れて行った…
じわじわと、顔が熱くなってくる。
どきどきと、心臓が音を立てる。
自分の唇に手で触れて、さっき自分の身に起きた事をリプレイしてみる。
……あっ、あのやろー、な、なんて事、しやがったんだ……
顔がどんどん熱くなってくる。耳まで、火照ってる。
なんで俺、男にキスされて赤くなってんだよっっっ!!!
男にキスされたショックよりも、そっちの方がショックだった…