――――土曜、午後八時四十五分
熱気に包まれたライブハウスの片隅…カウンター越しのアイツと俺の唇が重なる。
ライブに夢中になってて誰も見てない事をいいことに、何度か離れては重なる。
柔らかい感覚が遠のくと、アイツがあの表情で微笑む。
「…また、月曜」
「……おぅ」
慣れるって、怖い。それが当たり前のようになってしまうから。
こんな非常識な事に怒る事さえしなくなって、普通に受け止めてしまってる自分が怖い。
アイツが去った後に、寂しく思ってしまう自分も怖い。
初めてキスをしてからというもの、青井は二人きりになるとキスを仕掛けてくるようになった。
美術準備室、放課後の教室、そしてライブハウス…。
一瞬で終わる時もあれば、何度もされる時もある。
……そして、いつも最後に微笑まれる。
それは一連の流れになってて、その表情を見ると「終わりなんだ」って思ってしまう。
青井のキスは、抗生物質みたいだ。
唇が触れてる時は何ともないクセに、離れて一人になると副作用が出てくる。
なんで、俺にキスすんの?
なんで、彼女がいるのにこんなことすんの?
なんで、唇が離れた後に優しく笑ったりすんの?
キスの回数が増える度に、小さかった疑問がどんどん大きくなってくる。
聞こうと思っても、あの表情見ると聞けなくなる。
アイツは、確信犯だ。
半分居眠りしながら受けた古文の時間がようやく終わって、昼休みになる。
はー…眠いし、腹減った。
大きく伸びをしてからチラッとアイツの方に目をやると、年上の彼女が弁当を持って来てるのが見えた。
珍しい光景じゃないのに、なんかムカツク…。
あんな美人な彼女、いるのに。
俺にキスする必要なんかないじゃんか……おかしいよ、アイツ。
同じ空間にいたくなくて学食にでも行こうかと席を立つと、後ろから肩をバシッと叩かれた。
「蒼、学食行くんか?俺っちも一緒に行くぜ!」
「いてぇなぁ、少しは手加減しろよな」
へらへら笑ってる祐樹につい八つ当たり。口調が少し刺々しくなる。
でも祐樹はそんなのは気にもしないで、へらへら笑ったまんまだ。
「寝起きは機嫌悪いね、蒼ちゃんってば。…そんな君にいい話があるんだけど、ノらないかい?…いや、ノらなきゃソンだぜ!?」
「なんだよ、いい話って」
「これからだんだんと寒くなるにつれて、人肌が恋しくならなんかね?」
「…何が言いたいんだよ」
「ふっふっふっ…ズバリ合コンだよ、合コン!!いい話だろ?」
「祐樹、彼女いるじゃんか」
「あぁ、いるよ。実はさ、彼女の友達が彼氏欲しがってるっていうの聞いてさ。じゃぁ、俺の友達も彼女募集中の奴らがいるから会わせてみるかって話になってさぁ。自分達の幸せをみんなに分けようってトコロが泣けるだろ?」
……はぁ、くだらん。
合コン行ったことないわけじゃないけど、初対面の奴と仲良く話をするっていうのが苦手だ。
黙ってれば「機嫌悪いの?」とかイチイチ聞かれるし、一度行ってあまりに面倒で懲りてしまった。
俺には、そういうのは不向きらしい。
「パス」
「おいおい、こんないい話をパスするなんてもったいねーぞ!?俺の彼女の友達イコール年下だぞ、年下!理想的だと思わんか?」
「はぁ、そうねぇ。よかったねぇ」
「聞き流すなって!…まぁ、青井のように年上の彼女もいいかもしれないけどさぁ、やっぱ年下の彼女の方が可愛くていいって!」
…ズキン
会話にアイツの名前が入ってるだけで、反応しちまうカラダ。
…ったく、なんなんだよ俺。
「蒼には年下の彼女の方がいいと思うぞ、俺は!お前って面倒くさがりじゃん。だから、ぐいぐい引っ張ってくれる娘の方がいいと思うんだよな。その点年下の彼女なら“先輩、今度ココ行きましょうよ”とか行って甘えてくれるし、メールとか連絡もマメにしてくれるし、とにかく可愛いんだって!なっ、会うだけ会ってみようぜ?」
……はぁ。
俺も青井や祐樹みたいに彼女が出来れば、こんな事でイライラしなくても済むのかな。
それに、おかしくなりつつある思考回路も直るかな。
彼女を作るって気にもならないけど、少しは気晴らしになるかも知れない。
アイツの事ばっか考えなくても、済むようになるかも…。
はぁ、ってまた溜息が零れた。
「会うだけならいいけど…。他にも面子はいるんだろうな?2−2は勘弁だぜ」
「よーっしゃ、そうこなくっちゃ!他に工藤と京本も誘ってあっから、3−3プラス俺と彼女の8人だから安心したまえ。早速だけど、今週の土曜はどうよ?」
「また急だな…。夕方からバイトだから、それまでならいい」
「オッケー!じゃ、土曜の昼間空けておけよ」
「あぁ…」
土曜、か。
アイツまた来るかな…。ライブの予定は入ってなかったな。
…って、アイツの事をまた考え始めちまってる。なんて不毛な思考回路、だ。
アイツは、俺がこんな状態になってるなんて知らないだろう。
それを知らずに、彼女に俺と同じ事をしてるんだろう。…それ以上の事も。
イライラが、積もってく。
イライラが、積もってく。
不安定な気持ちを抱えてる自分が、怖い。
バカみたいな自分が、怖い。