――――土曜、午後二時十三分
「次、ラップ歌いま〜すっっ!!」
「うわ〜すご〜いっっ!私、その曲好きなんですよぉ」
「私も、私も」
はーーーーー…そうっすか。さっきも似たような台詞、聞いた気がする。
男女八人でのカラオケボックスでの合コン。
自己紹介から始まって、祐樹とその彼女が仲を取り持つような形でフリートークとカラオケに突入。
一緒に来た工藤と京本は、張り切って自分の得意な曲歌ってアピールしてる。
俺は…端の席で歌本をパラパラと捲って、アーティストチェックしつつ暇潰し。
直前までドタキャンするか迷ったけど、前日にも祐樹に念押しされちまって来てみたものの、やっぱり気が乗らない。
気分転換のつもりで来たのに、こんなんじゃ意味がない。こんな事なら家でCDガンガンにかけて聴いてた方がマシだった。
拘束時間は三時半まで。早く終わらないかな…。
「二宮先輩は、歌わないんですか?」
「……は?」
前の席に座ってた女が、話を振ってきた。名前……聞いたけど、忘れた。
「俺、聞く専門」
「そうなんですか〜。どんな曲が好きですか?」
「バンド系」
「私も、バンド好きなんです!メジャーなバンドもいいんですけど、インディーズとかも好きなんですよ〜」
なんだ、コイツ。そっけなく返しても、全然引く気配がない。
「樹里ちゃん、蒼のやつ恥ずかしがり屋だからさ、どんどん話しかけてやって」
「は〜い、わかりました笹本先輩っ。二宮先輩、照れ屋さんなんですね〜」
「別に…そんなんじゃ」
「二宮先輩って美術部なんですよね?私、料理部なんです。作るのはお菓子ばっかりなんですけどね〜。二宮先輩は甘いモノとか好きですか?」
「…嫌いじゃねーけど」
「じゃ今度何か作って持って行きますね〜。生クリームとか平気ですか?」
こういうのをマシンガントークっていうのかな。なんなんだ、このパワーは…。
テーブルの上に乗り出してきそうな勢いで話しかけてくる。料理部っていうよりは、どっかの運動部のマネージャーって方が合ってそうだ。
肩にかかった長い髪に、でっかい目。
はきはきとした口調、女の子らしい服装。
……アイツとは、全然違う。
比べる対象が違いすぎるだろーよ…って、自分に突っ込みを入れてみる。
この子と話しててもアイツの事が浮かんでくるあたり、結局気晴らしにはならなかったという事らしい。時計を見ると、三時半近くになってた。
「祐樹、バイトあるから先に上がるな。…いくら?」
「もうそんな時間かよ!ちょっと待ってな、計算すっから」
はー…やっと脱出出来る。祐樹が計算してるのを待ってる時に、ツンと服が引っ張られた。振り向くと、マシンガントークの子だった。
「二宮先輩、メルアド教えてくれませんか?」
「メール、あんましねぇんだけど」
「いいじゃん、教えてやれよ!な〜、樹里ちゃん」
祐樹がぐいぐいと押して、俺をせかす。まぁ、いっか。メルアドくらいなら…。
断るのも面倒になってメルアドを教えると、その子はすぐに俺にメールを送ってきた。
「それが私のメルアドなんで、よろしくお願いします!」
「あぁ、じゃ」
「バイト頑張って下さいね!!」
祐樹に精算を済ませて、騒がしい部屋を出てほっとする。
携帯には《玉木樹里》とフルネームが入ったメールが送られて来てた。…名前、忘れちまったのバレてたか。ま、いっか…。
携帯をGパンに突っ込んで、ライブハウスへと向かった。
―――午後七時三十分
オーダーが切れた頃、アイツがライブハウスにやってきた。
「ジンライムくれる?」
「…おぅ。今夜はビールじゃねぇんだ」
「今夜はそういう気分じゃないんだ」
……あれ?心なしか青井の表情が固い。機嫌でも悪いんかな。
ジンライムを渡すと、青井はそれを飲みながらカウンターに背を向けた。
いつもならライブおかまいなしに話をしてくるのに、今夜は話もしてこないでライブを見てる。
本当はコレが普通なんだけど、何か変だ。
「今やってるバンド、お気に入り?」
背を向けられてる状態に耐え切れなくなって、その背中に話しかけてみる。
少し間が開いて、青井が振り向いた。まだ表情は固いまま。
「……別に」
発した言葉は、たった三文字。それだけ言って、また背を向けてしまう。
…なんなんだよ、いったい。
背を向けられる事で、拒絶されてる気にさえなってしまう。
話しかけるのもいけない雰囲気に思えて、それ以上声をかけるのはやめてカウンターの中の整理をする。
何度かアイツの方を見ても、背中しか見えない。
長い、沈黙。
その間にバンドの入れ替わりがあって、オーダーのラッシュが来て、また次のバンドが始まってラッシュが終わっても、状況は変わらなかった。
俺の口から、深い溜息が零れた。
その溜息が聞こえたのか、青井が俺の方を向いた。
カタンと、カップがカウンターの上に置かれた。
「…合コン、どうだった?」
ドキン
やっと話しかけてきたと思えば、予想外の問い掛けだった。
「何で、知ってんの?」
「笹本や工藤が騒いでたから、嫌でも耳に入るだろ」
そういえば奴ら、教室で合コンの対策とか立てながら騒いでたっけ。納得。
「……で、どうだった?」
「ど、どうだったって、別に…。青井には、関係ねーじゃん…」
なんとなく責められてる気分になって、くやしくなったから冷たく返してやった。
別に合コン行ったくらいで、責められる筋合いないし。
責められるような関係でもないし…。
「関係、ないんだ…」
青井の瞳が、俺を睨んだ。
あまりの迫力に、足がすくんで何も言えなくなってしまった。
青井は背を向けて、そのままライブハウスを出て行ってしまった。
キス、しなかった。
なんで、あんな怖い瞳で睨むんだよ。
俺が合コンに入ったって、睨む必要ねぇじゃん…
青井だって、彼女、いるくせに…
俺とアイツは、どんな関係だっていうんだよ!?
クラスメイト、修学旅行の幹事ってくらいしか接点ねぇじゃんか。
それしか関係ない…じゃんか。
唇が、淋しく感じた。