■奏鳴曲〜君だけに奏でる恋歌〜 第7話


 ――――土曜、午後二時十三分


「次、ラップ歌いま〜すっっ!!」
「うわ〜すご〜いっっ!私、その曲好きなんですよぉ」
「私も、私も」
 はーーーーー…そうっすか。さっきも似たような台詞、聞いた気がする。
 男女八人でのカラオケボックスでの合コン。
 自己紹介から始まって、祐樹とその彼女が仲を取り持つような形でフリートークとカラオケに突入。
 一緒に来た工藤と京本は、張り切って自分の得意な曲歌ってアピールしてる。
 俺は…端の席で歌本をパラパラと捲って、アーティストチェックしつつ暇潰し。
 直前までドタキャンするか迷ったけど、前日にも祐樹に念押しされちまって来てみたものの、やっぱり気が乗らない。
 気分転換のつもりで来たのに、こんなんじゃ意味がない。こんな事なら家でCDガンガンにかけて聴いてた方がマシだった。
 拘束時間は三時半まで。早く終わらないかな…。

 


「二宮先輩は、歌わないんですか?」
「……は?」
 前の席に座ってた女が、話を振ってきた。名前……聞いたけど、忘れた。
「俺、聞く専門」
「そうなんですか〜。どんな曲が好きですか?」
「バンド系」
「私も、バンド好きなんです!メジャーなバンドもいいんですけど、インディーズとかも好きなんですよ〜」
 なんだ、コイツ。そっけなく返しても、全然引く気配がない。
「樹里ちゃん、蒼のやつ恥ずかしがり屋だからさ、どんどん話しかけてやって」
「は〜い、わかりました笹本先輩っ。二宮先輩、照れ屋さんなんですね〜」
「別に…そんなんじゃ」
「二宮先輩って美術部なんですよね?私、料理部なんです。作るのはお菓子ばっかりなんですけどね〜。二宮先輩は甘いモノとか好きですか?」
「…嫌いじゃねーけど」
「じゃ今度何か作って持って行きますね〜。生クリームとか平気ですか?」
 こういうのをマシンガントークっていうのかな。なんなんだ、このパワーは…。
 テーブルの上に乗り出してきそうな勢いで話しかけてくる。料理部っていうよりは、どっかの運動部のマネージャーって方が合ってそうだ。
 肩にかかった長い髪に、でっかい目。
 はきはきとした口調、女の子らしい服装。

 


 ……アイツとは、全然違う。

 


 比べる対象が違いすぎるだろーよ…って、自分に突っ込みを入れてみる。
 この子と話しててもアイツの事が浮かんでくるあたり、結局気晴らしにはならなかったという事らしい。時計を見ると、三時半近くになってた。
「祐樹、バイトあるから先に上がるな。…いくら?」
「もうそんな時間かよ!ちょっと待ってな、計算すっから」
 はー…やっと脱出出来る。祐樹が計算してるのを待ってる時に、ツンと服が引っ張られた。振り向くと、マシンガントークの子だった。
「二宮先輩、メルアド教えてくれませんか?」
「メール、あんましねぇんだけど」
「いいじゃん、教えてやれよ!な〜、樹里ちゃん」
 祐樹がぐいぐいと押して、俺をせかす。まぁ、いっか。メルアドくらいなら…。
 断るのも面倒になってメルアドを教えると、その子はすぐに俺にメールを送ってきた。
「それが私のメルアドなんで、よろしくお願いします!」
「あぁ、じゃ」
「バイト頑張って下さいね!!」
 祐樹に精算を済ませて、騒がしい部屋を出てほっとする。
 携帯には《玉木樹里》とフルネームが入ったメールが送られて来てた。…名前、忘れちまったのバレてたか。ま、いっか…。
 携帯をGパンに突っ込んで、ライブハウスへと向かった。

 

 ―――午後七時三十分


 オーダーが切れた頃、アイツがライブハウスにやってきた。
「ジンライムくれる?」
「…おぅ。今夜はビールじゃねぇんだ」
「今夜はそういう気分じゃないんだ」
 ……あれ?心なしか青井の表情が固い。機嫌でも悪いんかな。
 ジンライムを渡すと、青井はそれを飲みながらカウンターに背を向けた。
 いつもならライブおかまいなしに話をしてくるのに、今夜は話もしてこないでライブを見てる。
 本当はコレが普通なんだけど、何か変だ。
「今やってるバンド、お気に入り?」
 背を向けられてる状態に耐え切れなくなって、その背中に話しかけてみる。
 少し間が開いて、青井が振り向いた。まだ表情は固いまま。
「……別に」
 発した言葉は、たった三文字。それだけ言って、また背を向けてしまう。

 


 …なんなんだよ、いったい。
 背を向けられる事で、拒絶されてる気にさえなってしまう。
 話しかけるのもいけない雰囲気に思えて、それ以上声をかけるのはやめてカウンターの中の整理をする。
 何度かアイツの方を見ても、背中しか見えない。
 長い、沈黙。
 その間にバンドの入れ替わりがあって、オーダーのラッシュが来て、また次のバンドが始まってラッシュが終わっても、状況は変わらなかった。
 俺の口から、深い溜息が零れた。
 その溜息が聞こえたのか、青井が俺の方を向いた。
 カタンと、カップがカウンターの上に置かれた。
「…合コン、どうだった?」
  ドキン
 やっと話しかけてきたと思えば、予想外の問い掛けだった。
「何で、知ってんの?」
「笹本や工藤が騒いでたから、嫌でも耳に入るだろ」
 そういえば奴ら、教室で合コンの対策とか立てながら騒いでたっけ。納得。
「……で、どうだった?」
「ど、どうだったって、別に…。青井には、関係ねーじゃん…」
 なんとなく責められてる気分になって、くやしくなったから冷たく返してやった。
 別に合コン行ったくらいで、責められる筋合いないし。
 責められるような関係でもないし…。
「関係、ないんだ…」

 


 青井の瞳が、俺を睨んだ。
 あまりの迫力に、足がすくんで何も言えなくなってしまった。
 青井は背を向けて、そのままライブハウスを出て行ってしまった。
 キス、しなかった。

 


 なんで、あんな怖い瞳で睨むんだよ。
 俺が合コンに入ったって、睨む必要ねぇじゃん…
 青井だって、彼女、いるくせに…
 俺とアイツは、どんな関係だっていうんだよ!?
 クラスメイト、修学旅行の幹事ってくらいしか接点ねぇじゃんか。
 それしか関係ない…じゃんか。

 


 唇が、淋しく感じた。

 

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