■奏鳴曲〜君だけに奏でる恋歌〜 第8話


 ――――月曜 午前八時五分


「おはようございますっ、二宮先輩っ!」
 登校すると、教室の前に祐樹とその彼女と…マシンガントークの奴がいた。
「……はよっす」
 そのまま通り過ぎようとしたら、祐樹に腕を捕まれて阻止された。
「今日はサボんなかったんだな、エライエライ」
「なにすんだよ」
 ぐっ…と、祐樹の手に力が入った。顔は笑ってるけど、目で“ここにいろ”って訴えてやがる。
「二宮先輩、土曜は楽しかったですね。バイト間に合いました?」
「…あぁ」
「よかったです〜。あの後こっちは大変だったんですよぉ〜」
 三人が口々に俺が帰った後の事を話す。その間、祐樹はずっと俺の腕を掴んでやがった。
 予鈴が鳴ってようやく二人が帰って、腕も解放される。
「ばーか、蒼っ!もっと愛想よく出来ねぇのかよ!!」
 二人がいなくなった途端、祐樹が説教を始める。
 厄介な事に俺と祐樹の席は前後だから、席についてもその話は止まらない。
「樹里ちゃんは明るいし、幸とも仲がいいし、性格もいいし、可愛いし、そんな子に気に入られてて嬉しくないのか!?それでも男か!?」
「は?気に入られてる?」
「あれだけ積極的に来てんのに、それでもわかってなかったのかよ!この、ボケ!!」
「……少し声小さくしろよ。担任来るだろーが」
「蒼にしちゃ随分マジメな事言うねぇ。誤魔化そうと思ってもダメだぜ」

 


 ………アイツに聞こえるだろーが……。

 


 ただでさえ祐樹の声は大きいのに、まくし立てられたら席が離れてても聞こえちまう。
 別に関係ねぇけど、なんか気まずいし…あまり、聞かれたくない。
「なぁ、樹里ちゃんと付き合っちまえよ。こんなチャンスめったにないぞ」
「…そんなに簡単に決められっかよ」
「はぁぁぁ!?何を考える必要があるって言うんだよ!?不満なんてねーだろーが」
 こういう時に限って、担任が来るのが遅い。
 モタモタしてんじゃねぇよ。早く来て、このバカの口を塞いでくれよ。
「……二宮」
  ドクン!
 低い声が俺を呼んで、祐樹の口撃が止まった。
 机の上にプリントが置かれた。修学旅行のしおりの下書き、だ。
 恐る恐る上を向くと、青井が無表情に俺を見てた。
「今日、残れるか?」
「あ、あぁ…」
 了解すると、丁度担任も教室に入ってきて、青井は自分の席に戻って行った。
 しばらく胸のドキドキ感が止まらなかった。

 

 

 ――――午後四時二十分


 誰もいなくなった教室で、プリントを捲る音だけが響く。
 きっ……気まずい。
 班別のコース表の見直しっていう指示をもらっただけで、俺と青井の会話はゼロ。ただただプリントとにらめっこするだけの時間。
 ちらりと青井を見ると、青井はプリントを凝視していた。
 ワックスで固めてないサラサラな前髪、真剣な眼……そして、堅く結ばれた唇。
 そこに眼が行ってしまったら、そこから動けなくなった。

 


 “アルコールが入ってなくても、二宮とキスしたいけど”

 


 そう言って、俺にキスしてきた唇。
 見た目とは違う柔らかさと、熱さ。
 あの唇に、触れたい……

 

「…終わった?」
    ドキンッッッ!!!
 急に声をかけられて、焦った俺はペンを床に落としてしまった。
「も、もうちょっとで終わるっ!」
 やっとの事でそれだけ言って、ペンを拾う為に床にしゃがみこむ。
 ななななななな…何考えてた、俺!?なんかものすごくヤバイ事考えてなかったか?
 心臓が、バクバクいってる。
 落ち着け、落ち着け。さっきのは気の迷いだ。
 転がってたペンに手を伸ばす。指がペンに触れた時、頭が引き寄せられた。
 かしゃん、と眼鏡のフレームが顔に当たった。

 


 あの柔らかい感覚が、蘇って来た。
 唇が、あの唇に触れてる。
 そこまでは、いつもと一緒だった。
 そこからが、いつもと違ってた。
 触れてる部分から、俺の口の中に侵入しようとしてるモノがある。
 反射的に逃げようとした俺の頭を、青井の手がそれを許さなかった。
「……んっっ」
 口の中に生温かいモノが入ってきた。
 舌と舌とが、絡み合う。
 まさか、ディープキスってやつ!?

 


 やべぇ……すげぇ、気持ちいいんだけど…。

 


 最初は抵抗があった俺も、求めるように自分から口を開いた。
 ペンを掴んでた手が、青井の腕掴んでた。

 


 はぁ…っと息が漏れて、唇が離れた。
 俺の口の端から伝うモノを、青井の舌が拭った。
「そんな眼されたら、キスしないでいられなくなるよ」
   ドキ…
 唇に眼が行ってたこと、バレてた。かぁっと顔が熱くなる。
 青井の顔がまた近付いて来たのがわかって、顔を背ける。
「……イヤ?」
 低い声が、問いかけてくる。嫌じゃないから悩んじまうんだよ…。
「…なぁ、彼女がいるのに、なんで俺にキスすんの?」
 大きく育ってた疑問を、青井にぶつける。
 青井は触れる寸前まで近付いてた顔を、微かに歪ませた。
「なんでだろうな」
「答えになってねぇよ」
「二宮と一緒にいるとキスしたくなる、っていうのじゃ答えにならない?」
「……んだよ、それ」
「俺にも、わからないよ」

 


  “わからない”

 


 それは、俺も同じだ。
 わからないけど、青井にキスされたくなる。
 青井に触れてると、イライラしなくなる。
 この気持ちがどんなもんだかわからねぇけど、青井に触れたい。

 


「………キス、していい?」
 俺が返事をする前に、唇同士が触れる。
 きっと、青井もわかってる。
 俺が首を横に振らない、ってこと。

 

 俺も青井も、確信犯だ…

 

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