玉木から毎日のようにメールが来るようになった。
短いながらも、返信してる。
そうじゃないと、祐樹がうるせーから。
青井は変わらずに彼女と付き合ってる。
でも、俺ともキスしてる。
どれだけキスしても、俺達の関係は変わらない。
わからない、まま…
――――水曜。午後五時三十分
修学旅行二週間前。学年の幹事が集まって、雑用の最後の仕事としてしおりの製本をするハメになった。
ホッチキスで留める作業をやりすぎて、親指が痛い。
なんだよ、この山のようなプリントは。見てるだけで、ウンザリしてくる。
隣では青井が、黙々とホッチキス作業してる。
「あーー…コレ、今日中に終わるんかな」
「終わるだろ。もう半分以上は出来てるんだし」
「早く帰りてぇよ。腹へっちまったよ〜」
育ち盛りは空腹になる時間帯だから、余計にひもじくなって来る。学食で食べたカレーなんて、消滅しちまったよ。
「帰り、何か食べて行くか」
「お、おう」
初めて、誘われた。
顔が緩んでくるのを必死に抑えつつ、ホッチキスを留める速度を速めた。
男二人で来る場所といったら限られてて、ファーストフードに落ち着いた。
青井も俺も腹ペコで、バーガー二つずつとポテトとドリンクのLサイズを注文する。窓際の席を陣取って、向き合うように座った。
「思ったより、早く終わったな」
「指が痛てぇよ。バイト代貰いたいくらいだぜ」
なんか、ヘンな感じ。
学校やライブハウス以外の場所で、青井と過ごすのなんて初めてだ。
いつも通りの会話をしてるつもりでも、少し違うような気にもなってしまう。
「なぁ、青井っていつからバンド組んでんの?」
「高校入る直前だった、かな。中学の時の先輩に声かけられて、見学に行くだけのつもりが加入させられてた」
「元々ベースやってたわけじゃないんだ?」
「エレキベースはやってなかったけど、ブラバンでストリングベースやってた」
「ストリングベースって、あのバイオリンのオバケみてぇなやつ!?」
「あぁ。それも勧誘されるままにやってた」
「流されまくりじゃんか」
「来るもの拒まず、って言っただろ?」
来るもの拒まず…かぁ。あの彼女も、そうなんだっけ。
ちょっとだけモヤモヤしたけど、バーガーに齧り付いて食欲で誤魔化した。
その時、ポケットに入れておいた携帯が震えた。バイブ設定にしたまんまだったっけ…と思いつつ携帯を開く。玉木からのメールだった。
後で返信すればいいやって、携帯をまた閉じる。
「そういえば、二宮の携帯教えてもらってなかったよな」
携帯をポケットにしまう瞬間、青井がそんな事を言い出した。
「俺だって、教えてもらってねぇけど」
「今さらだけど、番号交換しようか」
…ドキン
「別に、いいけど…」
青井が自分の携帯を取り出した。初めて見る青井の携帯は、シルバーでストラップも付いていないシンプルな物だった。
「番号言うから、登録して。それからワン切りしてよ」
「…わかった」
青井が口にした携帯番号を登録して、そのままワンコールだけ鳴らした。
「サンキュ」
青井が俺の番号を登録した。これだけのやりとりなのに、照れくさくなった。
携帯が、ずしりと重くなったような錯覚さえした。
……俺達って、友達、なんだよな……?
それ以上でも、それ以下でもない男同士の当たり前な関係図式。
「二宮の実家は、学校から遠いのか?」
「そんなに遠くない。電車とバス使えば通える距離」
「それなのに、家から出てるんだ?」
「おじさんちの方が高校に近いっていうのが表向きの理由だけど、本当の理由はウチの親がうるせーから。ライブに行くのも許してくれねぇし、騒がしい音楽は聴くなとか、もっと勉強しろとか、どんな友達と遊んでるのかまでいちいち干渉してくんだよな。それがウザくて、おじさんちに近い高校選んで、おじさんにも協力してもらって、家から脱出することに成功したってわけ。ライブハウスで手伝いしてんのは、トップシークレット」
祐樹にでさえ言ってない事を、青井にはさらっと言えてしまう。
それだけでも青井に気を許しちまってるなぁ…って、実感する。
「授業サボってるなんて知られたら、大騒ぎになる?」
「それこそ乗り込んで来そうだよ。マジメな学生やってるって事になってんだからさ」
「かなり広い基準のマジメだな」
「うるせぇ」
普通に話をして、普通に笑って、普通に自分の事を話して、普通に相手の事を知って。
そんな普通な事も、青井とだったら楽しく思える。
これが、友達ってやつなんだよな…?
ファーストフードの帰り道、青井が俺の手を引いた。
自動販売機の裏側に連れて行かれて、狭い場所で向かい合う。
すっと頬に手を添えられて、いつものようにキスをする。
一回キスして顔が離れたら、おかしくなって噴き出してしまった。
「…どうかした?」
青井は、笑い出した俺に首を傾げる。
「だってさ、おかしくねぇ?」
「何が?」
「携帯の番号交換よりも、キスの方が先って……俺達、ヘンじゃねぇ?」
本当はキスする事自体がヘンなんだけど、それには触れない。
そんな事言って青井がキスしなくなったら、また淋しくなっちまう。
こういう事を考えちまうのだって、ヘンだ。
ヘンは事だらけ、だ。
「人と同じパターンにハマらないのも、よくないか?」
僅かな灯りの下で、青井が微笑んだ。
俺、やっぱりこの顔に弱いかも。
「ま、いっか」
一言で済ませられるもんでもないけど、とりあえずはいいや。
ヘンでもいいから、青井とキスしていたい。
人と同じパターンにハマらなくてもいいから、青井とこうしていたい。
ヘンな友達関係でもいいや。