■奏鳴曲〜君だけに奏でる恋歌〜 第9話

 


 玉木から毎日のようにメールが来るようになった。
 短いながらも、返信してる。
 そうじゃないと、祐樹がうるせーから。
 青井は変わらずに彼女と付き合ってる。
 でも、俺ともキスしてる。

 


 どれだけキスしても、俺達の関係は変わらない。
 わからない、まま…

 


 ――――水曜。午後五時三十分


 修学旅行二週間前。学年の幹事が集まって、雑用の最後の仕事としてしおりの製本をするハメになった。
 ホッチキスで留める作業をやりすぎて、親指が痛い。
 なんだよ、この山のようなプリントは。見てるだけで、ウンザリしてくる。
 隣では青井が、黙々とホッチキス作業してる。
「あーー…コレ、今日中に終わるんかな」
「終わるだろ。もう半分以上は出来てるんだし」
「早く帰りてぇよ。腹へっちまったよ〜」
 育ち盛りは空腹になる時間帯だから、余計にひもじくなって来る。学食で食べたカレーなんて、消滅しちまったよ。
「帰り、何か食べて行くか」
「お、おう」
 初めて、誘われた。
 顔が緩んでくるのを必死に抑えつつ、ホッチキスを留める速度を速めた。

 

 男二人で来る場所といったら限られてて、ファーストフードに落ち着いた。
 青井も俺も腹ペコで、バーガー二つずつとポテトとドリンクのLサイズを注文する。窓際の席を陣取って、向き合うように座った。
「思ったより、早く終わったな」
「指が痛てぇよ。バイト代貰いたいくらいだぜ」
 なんか、ヘンな感じ。
 学校やライブハウス以外の場所で、青井と過ごすのなんて初めてだ。
 いつも通りの会話をしてるつもりでも、少し違うような気にもなってしまう。
「なぁ、青井っていつからバンド組んでんの?」
「高校入る直前だった、かな。中学の時の先輩に声かけられて、見学に行くだけのつもりが加入させられてた」
「元々ベースやってたわけじゃないんだ?」
「エレキベースはやってなかったけど、ブラバンでストリングベースやってた」
「ストリングベースって、あのバイオリンのオバケみてぇなやつ!?」
「あぁ。それも勧誘されるままにやってた」
「流されまくりじゃんか」
「来るもの拒まず、って言っただろ?」
 来るもの拒まず…かぁ。あの彼女も、そうなんだっけ。
 ちょっとだけモヤモヤしたけど、バーガーに齧り付いて食欲で誤魔化した。
 その時、ポケットに入れておいた携帯が震えた。バイブ設定にしたまんまだったっけ…と思いつつ携帯を開く。玉木からのメールだった。
 後で返信すればいいやって、携帯をまた閉じる。
「そういえば、二宮の携帯教えてもらってなかったよな」
 携帯をポケットにしまう瞬間、青井がそんな事を言い出した。
「俺だって、教えてもらってねぇけど」
「今さらだけど、番号交換しようか」
   …ドキン
「別に、いいけど…」
 青井が自分の携帯を取り出した。初めて見る青井の携帯は、シルバーでストラップも付いていないシンプルな物だった。
「番号言うから、登録して。それからワン切りしてよ」
「…わかった」
 青井が口にした携帯番号を登録して、そのままワンコールだけ鳴らした。
「サンキュ」
 青井が俺の番号を登録した。これだけのやりとりなのに、照れくさくなった。
 携帯が、ずしりと重くなったような錯覚さえした。

 


 ……俺達って、友達、なんだよな……?

 


 それ以上でも、それ以下でもない男同士の当たり前な関係図式。

 

「二宮の実家は、学校から遠いのか?」
「そんなに遠くない。電車とバス使えば通える距離」
「それなのに、家から出てるんだ?」
「おじさんちの方が高校に近いっていうのが表向きの理由だけど、本当の理由はウチの親がうるせーから。ライブに行くのも許してくれねぇし、騒がしい音楽は聴くなとか、もっと勉強しろとか、どんな友達と遊んでるのかまでいちいち干渉してくんだよな。それがウザくて、おじさんちに近い高校選んで、おじさんにも協力してもらって、家から脱出することに成功したってわけ。ライブハウスで手伝いしてんのは、トップシークレット」
 祐樹にでさえ言ってない事を、青井にはさらっと言えてしまう。
 それだけでも青井に気を許しちまってるなぁ…って、実感する。
「授業サボってるなんて知られたら、大騒ぎになる?」
「それこそ乗り込んで来そうだよ。マジメな学生やってるって事になってんだからさ」
「かなり広い基準のマジメだな」
「うるせぇ」
 普通に話をして、普通に笑って、普通に自分の事を話して、普通に相手の事を知って。
 そんな普通な事も、青井とだったら楽しく思える。
 これが、友達ってやつなんだよな…?

 

 ファーストフードの帰り道、青井が俺の手を引いた。
 自動販売機の裏側に連れて行かれて、狭い場所で向かい合う。
 すっと頬に手を添えられて、いつものようにキスをする。
 一回キスして顔が離れたら、おかしくなって噴き出してしまった。
「…どうかした?」
 青井は、笑い出した俺に首を傾げる。
「だってさ、おかしくねぇ?」
「何が?」
「携帯の番号交換よりも、キスの方が先って……俺達、ヘンじゃねぇ?」
 本当はキスする事自体がヘンなんだけど、それには触れない。
 そんな事言って青井がキスしなくなったら、また淋しくなっちまう。
 こういう事を考えちまうのだって、ヘンだ。
 ヘンは事だらけ、だ。
「人と同じパターンにハマらないのも、よくないか?」
 僅かな灯りの下で、青井が微笑んだ。
 俺、やっぱりこの顔に弱いかも。
「ま、いっか」
 一言で済ませられるもんでもないけど、とりあえずはいいや。
 ヘンでもいいから、青井とキスしていたい。
 人と同じパターンにハマらなくてもいいから、青井とこうしていたい。

 


 ヘンな友達関係でもいいや。

 

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