雨の日は、アイツが溜息をつく。
走れないっていう理由が、アイツに悲しそうな目をさせる。
俺は雨に勝てない。
「れーお、コレ新曲のデモ」
寝癖のついた金髪頭を掻きながら、隣の席のナツが机の上にCD−Rを置いた。
ナツ…松比良夏生は、クラスメイトでもありバンド仲間でもある。
「お、早いじゃん」
「いいメロディ出てきたからさ、昨夜リーダーんちで仕上げた」
「メシ食いに行ったの間違いじゃない?」
「昨夜の鳥のなんちゃらってヤツとか、今朝の味噌汁も絶品でさぁ〜〜…ってオイ!曲仕上げに行ったんだっつーの!」
「しっかり食ってんじゃん」
リーダー…うちのバンドリーダーは昔柔道やっていたガタイの良さとは裏腹に、料理上手で面倒見がいいというおかん気質の人だ。
末っ子気質のナツは甘えられるのをいい事に、大学生になって一人暮らししているリーダーのアパートに入り浸っている。
見た目は派手なクセに、一度気を許したヤツには甘えまくる素直なナツ。
凄いと思うと同時に、羨ましいとも思ってしまう。
すぐに調子に乗るから、ナツには絶対言わないけれど。
「なんだ、そのぼけーっとした面。麗しのボーカル様は外出中か?」
「……雨が嫌いなだけ」
「その台詞も飽きたっつーの。いっそ雨の歌でも書きやがれ」
「すげー暗くなりそうだから嫌」
雨なんて嫌い、その一文をシャウトしまくって終わりそうな歌を思い浮かべて余計気分が落ちてくる。
はぁぁっと溜息吐きながら、べったりと机に顔を伏せる。机、冷たい。
ナツが何か言ってるけど、どうでもいい事だろうから相槌も打たずに机にべったり。
雨の音、聞こえる。
姿を見てなくてもわかる。
一番後ろの席で、アイツは窓の外を見てる。
「あれ?青井じゃね?うちらに用事あるみてーだぞ」
「え?……あ、本当だ」
顔を上げれば、廊下にひとつ下の後輩が立っていた。うちのクールなベーシスト。
俺らと目が合って、軽く一礼して寄こす。
「あーおい!どうしたぁ?」
先に立ち上がったナツに続いて、俺も廊下に向かう。
「玲音さんに頼まれたの買ってきましたよ」
2年の修学旅行の行先が北海道だと聞いて、とっさに頼んだ北海道名物の菓子。
去年行った時に悟史が「うまい!」って何箱も買い込んでた菓子だ。
「お!サンキュ。いくらだった?」
「いいですよ。土産って事で。これはナツさんの分。リーダーの分もあるんで渡してもらえますか?」
「サンキュー!オッケーオッケー!渡しとく」
いかにもお土産が入ってますっていうビニール袋がそれぞれに渡される。
……ふむ。
青井が淡々と話すのはいつもと変わらないけど、ちょこっと声が弾んでるようにも聞こえる。
ナツが中身を覗いてる隙に、背伸びして青井にこそっと耳打ちしてみる。
「なぁ。さてはイイコトあった?」
半分カマかけで聞いてみれば、眼鏡の下の目が笑ってyesと悟る。
感情をヒトに読ませない奴のガードが甘い、余程イイコトだったらしい。
……ま、最近の行動を思い返せば、だいたいの検討はついちゃうけどな。
「あっそ。んじゃ、シアワセ土産って事でもらっとくわ」
「そうして下さい」
青井がふっと微笑んだら、黄色い声がどっかから聞こえた。
その声をきっかけに、チラチラと視線があちこちから飛んで来てるのにも気付く。
そういえば年上にも人気あるんだよな、コイツ。
俺の悪い性格が顔を出す。
「俺にも幸せ分けてよ」
青井の後ろに回りこんで、背中にきゅっと抱きついてみせる。
途端に黄色い声が音量を増してあちこちから聞こえた。
「またか…」って感じで青井は特に驚く様子もなし。ナツも見慣れた光景のせいか突っ込みもなし。
俺が青井の背中に抱きつくのは、スタジオとかライブ後とかよくあることなんだ。
この背中は、アイツの背中に似てるから。
ちょっと筋肉が足りないかも知れないけど、アイツの背中に抱きついたことがないから抱き心地まではわからない。
「おまえらその辺にしとけ〜。周りのお嬢さん達がカメラ向けてるぜ。そういうのライブに取っておけよ」
「まぁ、いいじゃん。受験に疲れた娘達のオアシスになってあげるのもサービスのうちっしょ。俺、オンナノコにはヤサシーから」
「にゃるほど。じゃ、俺も抱いてやろーか?」
「お前とじゃ絵になんねーよ。背も体型も似てんじゃん」
「お前よりは1センチたけーし!そんなガリじゃねーし!」
ナツがムキになって反論してくるけど、小柄な体型なのには変わりがない。
頭の上から、はぁと呆れたような溜息が聞こえた。
「サービスもいいですけど、俺そろそろ行きますよ」
「おー、わりわりぃ。またな」
巻き込まれた後輩を解放すると、ざわついてた廊下も視線も静まる。
「俺もあれくらい身長伸びる筈だったんだ…」
ぼそっと、悔しそうに呟くナツに苦笑いするしかなかった。
まだ雨が降ってる。
これじゃ今夜はアイツはうちには来ないだろう。
買って来てもらった菓子の賞味期限をチェック。お土産モノだけあって賞味期限には数日の余裕がある。
今だから数日でも、余裕を感じる。
来年の春には賞味期限のある菓子なんてアイツ用に取ってはおけないな。
そんな事を思いながら、菓子を鞄にしまった。
自分の好みではない、菓子を。
天気予報のアプリを何度開いても、雨マークは消えない。