■暗れ惑う日々 4

 


 今日は皮肉な事に一日晴天だった。
 閉店まで店を手伝ってから、すぐに着替えて出かける準備をする。
「あれ?玲音。今夜は悟史ちゃん来ないの?」
「リーダーんちに行くんだよ」
「あら、そうなんだ。せっかくいいオレンジあったのに」
 昨日の今日で平気な顔して生ジュースを作ってやれる程、俺は心が広い人間じゃない。
 かと言って居留守なんて使ったら、親や姉貴に何があったか聞かれるに決まってる。
 これだから、幼馴染は厄介だ。

 

 


 ナツに連絡したらデート中だって言うし、青井はバイトの日。困った時はリーダーの家に行くに限る。
 野菜と果物を何種類か入れたビニール袋をハンドルにかけてチャリに乗った。
 悟史のマラソンコースを避けて、リーダーの住んでるアパートまではチャリで20分ちょっと。
 リーダーの部屋の前まで行くと換気扇からいい匂いが漂ってくる。
 一人暮らしなのにちゃんと自炊してるリーダーはマメだと思う。しかも手抜き上等の男飯じゃなくて、ちゃんとした家庭的な料理を作っている。
 俺だったら間違いなくコンビニか外食ばっかになるだろう。俺が作れるのはミキサーを使った生ジュースだけ。
 それも自分が飲まない生ジュースだけ、だ。
「お、玲音。よく来たな」
 チャイムを鳴らすと、すぐにリーダーが出迎えてくれた。
 事前にメールは送っておいたから、特に驚かれもしないで部屋に入れてもらう。
「どうかしたのか?当日連絡で来るなんて珍しいじゃないか」
「ううん。詞に煮詰まっちゃって、気晴らししたかったんだよね。……これ、食べて」
「いつも悪いな。お、大根もある。丁度使い切ったトコだったから助かるな」
「主婦みてぇ」
「この状況で否定はしにくいな。夕飯は食べたのか?」
「うん。休憩の時に食べたよ」
「そうか。じゃ、好きなモン飲んで座っててくれ」
「いただきまーす」
 リーダーんちの冷蔵庫には、俺達がいつ来てもいいようにいろんな種類のジュースが常備されてる。
 勝手に冷蔵庫を開けて、缶ジュースを一本手に取る。
 無意識に手に取ってたのは、果汁100%のオレンジジュース。
 ……もうそろそろうちにジュース補給に来る時間だ。
 昨日の今日でうちに寄るかわかんないけど、悟史は俺みたいに逃げたりするような奴じゃないから寄ってるんだろうな。
 あーぁ……

 

 


 自己嫌悪に襲われて沈みそうになった時、それを断ち切るかのようにチャイムが鳴ってドアが勢いよく開いた。
 ビクッとしてドアの方を向けば、よく知った顔があった。
「のーやーーん!今夜のごはん、なぁに〜?」
 派手な髪色、個性的なファッション、能天気な笑顔、ちょっと舌ったらずなしゃべり方。
 ナツそっくりの、ナツの兄貴の春生さんだ。
「あれぇ?れーちゃんだぁ。先月髪を切りに来た時以来だねぇ」
「どうも」
「んんっ!?れーちゃん、そろそろ髪染めた方がいいんじゃない?」
 春生さんがさささっと俺に駆け寄って来て、俺の頭を触りながらチェックし始める。
「髪の状態はいいみたいだね〜。傷んでもいないし、手触りもいいね。うんうん」
「春生さんに譲ってもらったヘアパックしてっから」
「アレ、いいでしょ?れーちゃんの髪に合うと思ったんだよね〜。さっすが俺」
「はいはい、そこまで。夕飯出来ましたよ」
「わ〜!おいしそう。ううん、こりゃ絶対おいしいね!大根光ってるし〜!」
 リーダーは当たり前のように二人分の夕食をテーブルに並べていく。
 大根のそぼろかけ、鳥の照り焼き、サラダに味噌汁。
 うちの食卓にも出て来そうな……むしろウチの母親よりうまいかも知れないと思わせるような出来栄え。
「いただきまーす!」
 春生さんはおいしそうに大根から頬張っていく。
 少し前まではナツが同じようにメシを食わせてもらってたりしてたけど、ここまで本格的な夕食じゃなかったような気がする。
 そもそもリーダーと春生さんって、こんなに仲良かったっけ?
「れーちゃんは食べないの?すんごいおいしーよ」
「メシ食ってきちゃったんすよ」
「のーやん、のーやん。コレ超おいしい。また作って」
「玲音から大根貰ったんでいつでもいいですよ」
「やったぁ」
 なんだ、この空気?
 本人達は普通にメシ食ってるだけかも知れないけど、周りから見るとあれ?って思うくらいほんわかした空気が流れてる。
 ……すっげーお邪魔虫じゃね?俺。

 

 


「玲音、まだ急ぐことないぞ」
「ん?」
「新曲の歌詞の件。どういうワケかナツが絶好調でどんどん曲上げてくるけど、人それぞれのペースがあるんだから思い浮かんだ時に書けばいい」
 あ、そっか。
 詞に煮詰まったっていう話で上がりこんだんだっけ。春生さんの登場ですっかり忘れてた。
「ナツってばゴキゲンだからね〜。ラブパワーってやつ?」
「ハルさん、こぼしてますよ」
「ありゃ。ごっめーーん」
 あははって笑う春生さん。謝ってるようで謝ってないトコもナツそっくりだ。
「ねぇ、れーちゃん。今度カラーモデルになってよ。髪型変えたら、少しは気分転換になるかもよん?」
「玲音はまだ高校生なんで」
「わかってるよ〜。程々のカラーだよ〜」
 程々…で、今の俺の髪色はミルクティカラーっていう薄めの茶色だ。
 ナツと知り合ってからは、春生さんの勤める美容院に行くようになっておまかせの髪型にしてもらってる。
 自称カリスマ美容師と名乗るだけあって腕は確か。柔らかくて寝癖のつきやすい俺の髪もカット次第で変わるって事も初めて知った。おかげで朝は寝癖を直す手間が省けて助かってる。
 たわいのない話をしながら二人の夕食が終わって、自然と二人が肩を並べて食器を片付けている。
 こういう阿吽の呼吸も……ヒトの事ながら気になってしまう所。
 ふと時計を見れば、すでに22時を回っていた。
「やべ。帰らないと」
「待って、れーちゃん。俺も一緒に帰るよ」
「一人で帰れるから平気」
「だめだめ。れーちゃんはキレイだから変なオジサンに捕まったりなんかしたら、のーやんがショックで倒れちゃうもん。それに補導なんてされたらさ、卒業間近なんだしヤバイっしょ?」
 変なオジサンはさておき、春生さんの言うコトは一理ある。今の時期の補導は洒落にならない。
「成人してる俺とだったら大丈夫だよん。よく職質されっから、身分証明書持ってるし〜」
 春生さんは見た目が個性的だから、警察からすれば聞きたくなる存在なんだろう。そう考えると納得してしまう。
「ハルさん、玲音の事頼みます」
「任せて!のーやんの大切なれーちゃんは、俺が守るっ!」
 ……俺、まるっきりガキ扱いだな。
 二人のやりとりに脱力しつつ、春生さんと一緒にリーダーの家を後にした。

 

 

 

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