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■暗れ惑う日々 5

 


 リーダーの家からの帰り道。二人乗りが見付かってもヤバイから、自転車を押して歩く。
 春生さんと二人だけになったのは初めてで、ナツの家や美容院以外の場所っていうのも初めてかもしれない。
「歩かせてごめんねぇ。余計時間かかっちゃうね」
「こっちこそ付きあわせてすいません。まだリーダーんちにいる予定じゃなかったの?」
「ううん。あのままいたらまた寝ちゃって、ふゆに怒られちゃうから丁度よかったよ~」
「あ~…ナツと違って冬生は真面目っすもんね」
「そうそう。またふゆに怒られる!ってわかってても、のーやんちって居心地がいいからつい寝ちゃうんだよねぇ」
「リーダーと付き合ってるんすか?」
 部屋にいた時から気になってた事をストレートに聞いてみる。
 春生さんは一瞬だけ「へ?」って顔をして、次の瞬間には大笑いしてた。
「もぉぉぉ~、れーちゃんってば想像力逞しいなぁ。あー、おもしろいっ」
 ばんばんと軽く何度も背中を叩いてくる春生さん。
 この反応は付き合ってないって事、か?
 春生さんは何を考えてるかわからない掴みどころのない人だから、コレだけで判断するのも早い気がする。
 背中を叩く手が止まって、春生さんが「笑い疲れた~」って自分のお腹を摩った。
 そして、俺を見てハッキリと言った。
「もし、もしもね。俺とのーやんが付きあったとしても、俺すぐフラれる自信があるよ」
「なんで?」
「だーってさぁ、性格真逆だし、趣味とかの共通点もないんだよ?仲間の兄貴として俺の面倒みてくれてるだけ。フツーの友人としても面倒臭いヤツだもん、俺。のーやんからしたら、付き合うとかありえないっしょ?」
「友達の兄貴ってだけで、リーダーはそこまでしないと思うけど」
「のーやんは、優しいからね~」

 


  

 春生さんが夜空に向かって、両手を挙げて背伸びをした。
 はぁ、って小さく息をつく。
「友達とか知り合いなら許せても、恋人になっちゃったら許せないコトってあるじゃない?のーやんの性格上、俺みたいなフラフラしてるヤツはダメだと思うなぁ」
 その言葉に、ハッとした。
 昨日の悟史の態度も幼馴染ってだけだったら、注意して終わってた話だ。
 俺が邪な想いを抱いてるからこそ、悟史の発言は許せなかった。
 今でも胸で燻り続ける苛立ちも、幼馴染だったら生まれなかっただろう。
「そんなコト聞くなんてさぁ、れーちゃん好きな人いるんでしょ?しかも、男とみた」
「えっ…」
「ホントのホントは詞が出来ないとかじゃなくて、その人と何かあったから気分転換したかったんじゃない?」
 不意打ちをつかれて、誤魔化す言葉が出て来なかった。
 カラカラ…と、車輪が回る音だけが夜道に響く。
「れーちゃんがナツと合コン行ったり、彼女がいる事も知ってるよ。でもさ、それって自分を騙そうとしてただけなんじゃないかな~って今確信した」
「……春生さんも想像力逞しいよ」
「まあね。お客さんの髪を切りながら、いろんな話や経験談聞いたりしてるからね~。自分が経験値が少ないからアドバイスは出来ないんだけどね」
 へへっと笑う春生さんの顔はナツそっくりで、つられるように笑ってしまった。
「ん~~~やっぱ、れーちゃんは笑うと超キレイで惹きつけられるねっ」
「それ、男に言う台詞じゃないし」
「キレイな人は、男も女も関係ないっしょ。……ほら、あの電柱のトコに立ってるジャージ君も、れーちゃんの事ずっと見てるしっ」
「え……」
 春生さんの視線の先には、ランニング姿の悟史が立っていた。
「れーちゃん?」
 反射的に足を止めてしまった俺に気付いて、春生さんも足を止める。
 そして、俺に内緒話をするかのように囁いた。
「もしかしてアイツ、れーちゃんのストーカー?」
「ちっ、違う。あの……えっと、幼馴染っ…」
 春生さんは「ふーん?」と言いつつ、もう一度悟史の方を見た。そして、手をぶんぶんと振った。
「おーーいっ!れーちゃんの幼馴染くーーんっ!悪いけど、れーちゃんを家まで送ってあげてー……んがっ!」」
「は、はる、春生さんっ!ストップっっ!」
 慌てて春生さんの口を手で塞ぐ。何を急に言い出すんだ、この人は。
 こういう突拍子もないトコもナツとそっくりで困る。
「……だって、れーちゃん。あのジャージ君と話したいって目してた」
 口から手を離すと、春生さんが俺の心を見透かしたかのように言う。
「あのジャージ君もれーちゃんと話したいって顔してるもん。何があったかわかんないけど、話したければ話せばいいじゃん」
「春生さん……」
「そんなわけで、俺はジャージ君にれーちゃんを任せて帰るっ。まったね~!」
「ちょっ…、春生さんっ!?」
 春生さんは夜道を跳ねるような小走りで去っていく。
 悟史とすれ違う時に、春生さんが何かを言って悟史の背中を叩いたように見えたのは気のせい…?

 

 

 春生さんがいなくなって、しんと静まり返る。
 悟史が近付いて来て、ペダルを握る手に力が篭る。
「なんだよ、いつもより走るの遅いじゃん」
 冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせながら、いつも通りを装って見せる。
 そんな俺に対して悟史は、ぱんっと両手を叩いて拝むポーズをして俺に頭を下げた。
「ごめん、玲音!俺が悪かった!」
「…………」
「仲間の事を悪く言われたら怒るの当たり前だよな。仲間とかチームワークが大事なのわかってたつもりなのに、昨日の俺はどうかしてた。バカだった。すっげーバカだった!ごめんっ!!」
 すっと肩の力も、ペダルを握る手の力も緩んだ。
 あーぁ…、このバカなくらい真っ直ぐなトコが悟史なんだよなぁ…
 捻くれた俺と真逆、カッチカチに堅くて真っ直ぐな性格の悟史。
 自分にないモノだからこそ、羨ましくて、惹きつけられてしまうんだ。
「悟史がバカなコトくらい昔から知ってるって。いいから頭上げろよ」
「怒ってない?」
「バカのせいで怒る気失せた」
「よかったぁ」
 顔を上げた悟史は、眉が下がって、ほっとしたような表情で笑った。

 


     
 

 園児服着てた頃から変わらない顔。
 ケンカとかで仲直りした後は、いつもこの表情だ。
 ガタイが大きくなっても変わらない幼馴染の顔。

 

 

「ところでさっき一緒にいたのって松比良?」
「松比良は松比良だけど、あの人はナツの兄貴」
「兄貴か。髪型は松比良よりも更に派手だけど、顔も声もそっくりじゃん。双子みてぇ」
「ああ見えても、俺らより6つ上」
「嘘だろっ!?」
 その反応は正しい。
 俺も初めて会った時は、悟史と同じ反応だった。
「それより早く帰らないとヤバくね?」
「あ、そうだな。玲音、チャリ漕げよ。俺は走るからさ」
「置いてくぞ」
「置いていかれる程、遅くねぇって。陸上部なめんな」
「陸上バカ、な」
 チャリを漕ぎ出すと、悟史が俺のスピードに合わせて並走する。
 これが悟史が感じてるスピードなんだな……
 実際はもっと早いんだろうけど、同じ風を感じてるってだけで燻っていた心が晴れてくるのを感じた。
「玲音、明日の夜は店にいるだろ?」
「あぁ」
「ならジュース飲めるな。今夜飲めなくて、喉カラカラ」
「スポドリくらい大目に準備しとけよ」
「やっぱジョギングの締めは、玲音の生ジュースじゃないと終わった気がしないんだよ」
「出世払いじゃ返しきれなくなるぞ」
「平気、平気。絶対、利子つけて返すから」
「あっそ」

 


 


 俺はコイツを嫌いにはなれないんだろうな。
 想い続けるのもキツイけど、その想いを断ち切る事も、嫌いになる方法もわからない。
 陸上バカに負けないくらいバカな俺。
 バカは死ななきゃ治らないって聞くから、俺は生き続ける限りバカのままなんだろう。
 このスピードを感じてたら、それでもいいかって思えた。

 

 

 

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