お気に入りだった輸入雑貨店があった。
その店に入ると今まで知らなかった世界が広がる気がした。
全然違う世界に住む人達と出会って、いろんな事を教えてもらって刺激を受けたり、何もかも新鮮だった。
そして、ストンと恋に落ちた。
店は閉まってしまったけど、俺の心は全開になってしまった。
感じた事のない感情がどんどん流れ込んで来ても、満たされる事無くまだまだ全開のまま。
≪ ゼイタクナキモチ ≫
ふにっ。
ふにふにっ。
触り心地はいいけど、全然違うよなぁ。
あの守られてるような、包み込んでくれるような不思議な感じは起こらない。
あーぁ、やっぱホンモノじゃないもんなぁ…
「いたっ!!」
包み込まれるどころか、背中にぼこぼこっと走る痛み。
「なに寝てんだよ、ナツ」
「いってぇなぁ〜寝てないってば」
俺の周りに散らばったのは、カボチャや大根、キャベツ。わざと重い野菜ばっか落としやがったな。
投下しやがったのはクラスメイト兼ボーカルの玲音(レオ)。ビジュアル系メイクしてる時は性別不明になるけど、立派な八百屋の跡継ぎ。
「あぁ、そいつはダメだ。うちに来てから、ずっとそんな感じだ」
「はぁ?まだおかしいまんまなの?昼間もぼけーっとしてたよ。静かでよかったけどさぁ。……リーダー、これ食って」
「おう、いつも悪いな玲音。助かるよ」
曲作りやライブ前の打ち合わせの時は、唯一大学生で一人暮らししてるバンドリーダーの家に集まるのが習慣になっている。
俺は暇な時とかにも入り浸ってるけど、店の手伝いがある玲音は打ち合わせがある時にしか来ない。
「作ってきた曲もおかしいですけどね。ナツさんらしくないっていうか…」
ひとつ年下のクールなベーシスト…青井が、ヘッドフォンを外しながらふぅって溜息を吐く。
「コレに関しては俺も耳を疑った。レオの詞次第でどうにかなるか?」
ドラム担当のリーダーまで困った顔してる。新曲の評判がいつになく悪い。
ビーズクッションと戯れてる場合じゃないかも。
背中に乗っかったまんまのキャベツをどかして起き上がる。
「えー?そんなに出来悪かった?」
「出来が悪いっていうか、出来はいいんだけど…曲調が、なぁ?青井」
「今までにない曲調ですね」
「自信満々だったんだけどな」
ヘッドフォンで曲を聴いてた玲音が、ギロッとすんげー目で俺を睨んだ。
そして、すぐにヘッドフォンを取って首を横に振る。
「リーダー、無理。歌詞なんて付けらんない」
「やっぱりな…。玲音が作る詞には合わないよな」
「えーー!?」
「えーじゃない。なんだよ、この浮かれまくった曲調は…!テンポは…っ!俺達のイメージじゃないだろ!」
「浮かれてる?」
三人に問いかけてみると、三人とも厳しい顔して頷いた。
この曲はあの店が休業前日……恋に落ちた日に作った曲。
別れた後もドキドキが収まらなくて、全然眠れなくって、一気に作り上げた。
そうでもしないと、踊った心が落ち着きそうになかったから。
あんなに心臓がバクバクドキドキして壊れそうだったのは初めてだったから。
そんな現状をぎゅっと詰め込んだ曲。
貰った名刺を眺めては、顔や全身が緩む。
温もりや声を思い出しては、顔が全身が熱くなる。
みんなに教えるのが勿体無いって思うくらいの贅沢な気持ち。
ばふっと顔面に一撃。今度はビーズクッション。
「ダメ出しされてんのに、にやにやしてんなよな」
「顔面に投げるの反対っ!」
「顔面じゃなきゃいいんだな?」
「玲音の言い分もわかるが大根は置いておけ。それで叩いたら、ナツが余計アホになる」
「リーダーはナツを甘やかし過ぎ。とにかく、コレはボツだからな」
「マジで!?」
「こんなアホみたいに浮かれた曲に詞なんか付けらんねーよ…」
ブツブツと文句言ってる玲音にリーダーが「まあまあ」って宥めてる。
せっかく作ったのに、お蔵入りなんて勿体ねぇなぁ。
「ナツさん」
「ん〜?」
「その曲の仮タイトルっていうか、テーマってなんだったんですか?」
「うーん、説明すると長くなっちゃうけど。一言で言えば、ほっぺにちゅーかな」
「……それは、玲音さんに言わない方がいいですよ」
「そうか?」
青井が黙って眼鏡を指で押し上げた。無言の肯定。
こりゃ他の二人には言わない方がいいだろう。マジで大根どころじゃなくなる。
ボツになった曲の入ったCDをデッキから出してケースに戻す。
……そうだ。
この曲は、あの日の記念の曲って事にしておこう。
あの日俺はこんな気分だったんすよーって、いつかあの人に聴かせられたらいいな。
呆れられないかな?
それともいい曲だって言ってくれるかな?
ちょっとでも俺の気持ち通じたらいいなぁ……。
あの日、俺の世界が変わったんだ、って。
ふにっと。
あの人の微笑みを思い出しながら、またビーズクッションに顔を埋めた。
その直後にカボチャが投下されたのは言うまでもない。