振り回されてるなぁ、と思う。
それ以上に悪くないなぁ、とも思っている。
俺は見た目は運動部系(格闘技系?)だが、バンドを組んでドラムを担当している。
野矢孝次郎という名前はあるが、メンバーからはリーダーと呼ばれ、それが周りにも浸透しアダ名になって名前ではあまり呼ばれていない。
中学までは柔道をやっていてそれなりの成績を残して来たが、その間にもずっと興味を持っていたドラムがやりたくて、高校は柔道の推薦を断りシフトチェンジをした。
吹奏楽部に入部しパーカッションでリズムの基礎を学び、ドラム教室にも通った。
そして大学に進学した今も軽音部に所属し、サポートメンバーでドラムを叩いたりしている。
サポートではなくメンバーとして入って欲しいという誘いも受けているが、高校から組んでいるバンドが本命だから断っている。
全てはその本命のバンド《不即不離》のレベルアップに繋げている。
俺はやり始めたら、トコトンやらないと気が済まないのだ。
その性分は、ドラム以外にも言える。
「すっげー、うまそうな匂いがするっ」
まるで自分の家に帰ってくるかのように居座っている小動物…、もとい後輩兼バンドメンバーの松比良夏生。通称、ナツ。
ナツの私物も置いてはあるが、決して一緒に住んでいる訳ではない。
ナツはまだ高校生だが、校則の緩い高校の利点をフル活用して金髪にピアスを当たり前のように装備している。
自分が行っていた高校だったら、即停学対象だ。
身長も俺より20センチ低く、痩せてて小柄なせいか小動物に見えて仕方ない。
それをナツに言うと、ふてくされてしまうので心の中で思うだけ。
「やったー!トマト味のロールキャベツだぁ。俺、リーダーの作るロールキャベツ超好き!」
「誰かがロールキャベツ、ロールキャベツってしつこくメッセを送ってきたからな」
「だって、食いたかったんだもん」
大学に入って一人暮らしを始めてから、自炊も始めた。
最初は食えて腹にたまればいいっていうレベルだったが、乗せられるがままに料理のレベルも上がって行き、今では主婦レベルにまで達してしまった。
俺のスマホには料理レシピのアプリまで入っている。
それもナツが原因。
しょっちゅう部屋に来るナツに「リーダー、これうまいっ!今度はコレ作ってよ〜!」と持ち上げられて、ついつい作ってしまうのだ。
悪い気がしないから余計なのかも知れない。
それもこれも人懐っこいナツの人柄だろう。
そもそも出会いから、そうだ。
高3の春。俺の通っていたドラム教室の下のフロアは店になっていて、練習終わりにバンドスコアを見る事が習慣になっていた。
その日もいつものようにバンドスコアを見ていた。
新入荷のスコアを見つけて、気になっていた曲のモノだったからこれは買うべきだと即手に取った。
その瞬間、声が飛んできた。
「あーー!それ、俺が探してたヤツ!」
横を見たが、姿が見えない。
下を見たら、赤い頭の男がいた。
当時の俺は身長が伸びきって現在と同じ190センチ。
当時のナツは成長期で160センチあるかないか。
初見は顔も幼かったし中学生かとも思ったが、髪の色と近所の共学校の制服を来てたから高校生だとわかった。
「一冊しかないぞ」
「えー、マジっすか!?他のトコ行ってもないかなぁ。ココが一番揃ってるもんな」
「バンド…、やってるのか?」
「っす。ギターやってんすよ。文化祭でやる一時的なバンドだけどさっ。おにーさんも?」
「俺は部活でパーカスやってるだけだ。バンドは組んではいない」
「ふーん?でも教室まで行ってるって事は、バンドやる気があるって事っしょ?」
「なんで知ってる?」
「ん?だって、よく教室から出てくんの見かけっから。背ェ高いし、有名進学校の制服のヤツがいるとココじゃ目立つじゃん。見た目は格闘技とかやってそうなのにさ」
「柔道はやってた」
「あ、やっぱし?俺、見る目あるっしょ?」
初対面なのに、フレンドリーな話し方。
今まで俺が接した事のないタイプ。
そして、なんだか小動物っぽい。
人懐っこくて、なんでもいいから世話を焼きたくなる。
「コレ、コピーしてやろうか?」
「マジっすか!?」
「あぁ。コピー代はお前持ちだぞ」
「もっちろん!うれしー、ありがとうございますっ」
お礼だけはちゃんとした敬語な所が、また新鮮だった。
それが、ナツとの出会い。
それからはナツのペースに巻き込まれるがままに、バンドも組んだ。
他のメンバーもナツが集めて来た。
ボーカルもベースもこれまたクセがあって、ますます俺の世話焼き度が上がっていった。
バンドもカタチになり、ナツの身長が170センチになっても、金髪になっても、俺にとっては小動物のままでいる。
「うっめー!リーダーの作るロールキャベツ最高っ。ヤベェ!」
……これだ。
本当においしそうに食べるから、また作ってやろうと思ってしまう。
この無邪気さと人懐っこさはナツの武器だ。
ライブでもMCの苦手なボーカルに変わって、場を盛り上げるムードメーカー的存在。
「こんなうまいモン作れるのに、なんで彼女が作れないんかなぁ」
「黙って食え」
振り回されたり、巻き込まれたり、それでも悪くない。
そんな現状をむしろ楽しんでしまっている自分がいる。
所詮、小動物には敵わないのだ。