■Rain Drop 第2話

 


「トロ野ぉ、部活行こうぜーーーっ!」
「げ。ちょっと待ってよ。まだノート写し終わってないっ!」
「おいおい、またかよぉ」と、あきやん。
「先、行ってるぜぇ」と、けぇと。
「おーちゃん、おっさきぃ」と、あっさと。
 悪友達は、去っていく。
 一人取り残される、俺。
 どうも俺は人よりトロいらしく、こうやって取り残されるパターンが多い。
 特に、同じG組(商業クラス)の部活仲間、あきやん(秋本広雄)、けぇと(阿岸敬人)、あっさと(安里貴也)は血も涙もなくあっさりと置いて行ってくれる。
 くぅ〜〜っ、薄情者達め!
 あーーー、まだ黒板の文字が写し終わらない!商業法規の先生、書きすぎだぜっ!

 

「なんだ、オージュ。まだいたのか」
「また置いてきぼりかい、トロ野」
 A組(普通科特待生クラス)の駿と、おタカ(雨井孝行)が廊下から顔を出す。
 駿とはクラスは違うものの、部活は一緒の吹奏楽部。
 俺は元々中学の時から吹奏楽部でクラリネットをやっていたんだけど、駿は元空手部なのに入部。
 本人は、もう空手は飽きた…って言ってたけど、しっかり黒帯持ってるらしい。
 しかも吹奏楽初心者のクセに、もうトロンボーンがサマになってんの!
 駿ってば、つくづくオールマイティな人間だよな。うらやましい…。
「待ってるから、早くしろ」
「おうっ!」
  せっせ、せっせ…
「おーぉ、神野は優しいねぇ」
「雨井、先に行ってていいぞ」
「いやいや、あまり早く行ってもつまらんから自分も待っていてやろう。はっはっは」
 おタカの高笑いは無視してペンを走らせ、ようやくエンドマーク、っと。
「よーーしっ、終ったぁ♪お待たせっ」
「さて、行くぞ」
「なーんだ、もう終ったのか。つまらんのう」
 …おタカってば、いったい…。
 そう思う間にも、二人はさっさと歩き出している。
 うーん…俺にもあれくらいの『機敏さ』があればなぁ…。
 人よりワンテンポ遅れてるから、“トロ野”なんてアダ名ついちゃうし。
 でも中学の時は“ノロ樹”だったから、それよりはマシ…かな!?

 

「おーいっ、トロ野ーーーーぉ!」
 先に行ったはずのあきやんが走ってきた。
「どうしたん?忘れ物?」
「大変だぜ!クラパートの先輩達がケンカしてるんだっ!」
「えーーーーーっっ!?」
 いつも仲良しのクラリネットパートの先輩達がケンカ!?
 俺はとっさに駆け出して、部室に飛び込んだんだ…が、すでに収まったみたいで静まり返ってた。
 でも、重々しい空気が流れてる…。
「ちわーーーっす。遅れてすいませーんっ」
  シーーーーーーン…
 うっ…淋しい。
 いつもなら「おーっす、トロ野」とか、「遅いぞ、トロちゃん」とか笑って言ってくれるのに。
 表情は、いままで見たことない程に暗い。
 いったい、どうしちゃったんだぁぁぁ!?

 

  ツンツン
「トロ、ちょっといいか」
 同じクラパートの唯一の男の先輩、二年の近藤勇先輩に部室の隅に連れて行かれる。
「どうしたんす?ユウ先輩」
「なんかよ〜。三好先輩と若林先輩が、さっきまで口げんかしてたんだよ。ちょっと原因はわからね〜んだけど、とりあえず今日は『触らぬ神に祟りなし』ってことで頼むぜ」
「オッケーですっ。…でも、どうしたんですかねぇ?」
「さぁ…。でもあんなの初めてだったから、俺もビビッたよ。いろいろ女同士であるんじゃねーの?」
「んー…男の俺らには、わからんっすねぇ」
「ま、そういうこと」
 たまにはあるのか、ケンカくらい?でも、その二人っていつも仲がよくって、部活以外でもいつも二人で行動してるのに…。
 何があったんだろ???
 考えてもわからないから、自分の楽器を出して練習を始めた。

 

 このクラリネットは、俺が中学に入ってブラバンをやり始めたときに父さんが買ってくれたものなんだ。
 その当時は夫婦円満で、よく俺が二人の前で吹くと褒めてくれてたっけ…。
 たまにそのことを思い出したりすると、ちょっと胸が痛くなっちゃったりする。
 思い出すまいとは思いつつ、ね。
 でもこれは、俺の宝物だ。

 

「さーて、音合わせするわよぉ。みんな音だし大丈夫?」
 パートリーダーのとみちゃん先輩が明るく言う…けど、笑顔が少し強張ってる。
 そうだろうなぁ…。いつもは和気あいあいとしたパート練習が、合奏の時の張り詰めた空気よりもさらに息詰まった感じだもんなぁ。音も出しづらいよぉ。
  ガチャンッ!
「きゃぁっ!」
 みんな一斉に固まった。
 音を出したのは、三好先輩。なんと、譜面台を足で蹴っ飛ばしてた。
 これには、ビックリ。
「どっ…どうしたの?陽ちゃん」
 とみちゃん先輩が、おそるおそる声をかける。
 でも三好先輩は答えようともせずに、自分の楽器だけ片付けて帰ってしまった。
 …倒された譜面台は、そのままで。
「どうしたんだろ…三好先輩」
 二年の先輩達も、かなりオロオロ。とみちゃん先輩は、困り顔。
 一年の俺達は、譜面台を片付けて…若林先輩は、髪をかきあげて何か考えてるみたいだった。
 本当に、いったいどうしちゃったんだろう…???

 


 次の日の昼休み。
 あきやん達とお昼を食べながらも、話題は昨日の事で持ちきりだった。
「やっぱ女同士の争いって、男がらみなのかねぇ」
  ぶっっ!
「うわ!きったねぇートロ野ぉ!吹き出すなよ〜、あぁぁぁ御飯粒がついたぁ!」
「だっ、だって、けっ、けぇとがマジな顔でそんなコト言うからぁ〜」
「なんだと〜、俺様だってたまにゃぁ真面目なコトくらい言うんでいっっ!」
 …男がらみ、ねぇ。
 なんかピンとしないなぁ。
「でも、三好先輩って小林部長と付き合ってんだろ」
  ぶぶぶっっ!!
「あ〜、おーちゃんまたやったぁ」
「ええええええーーーーっ、うそだろぉぉ!?」
「ばぁーか、トロ野。そういう所までトロイのな。同じパートのクセに気付かなかったんかよ」
 はぁ〜〜!?全然、気付かなかった。
 だって、そういうそぶりなかったもん。二人が仲良さそうにしてる姿、見たことないよなぁ。
「まぁ、そろそろ危なそうだけどなぁ〜。最近、小林部長の方がその気なさそうだもん。…っていうか、俺達が入部したての頃ってよく一緒に帰ったりいちゃついてたりしてたけど、今なんかバラバラ。部長、三好先輩が寄っていこうとすると避けてるみたいだしなぁ」
「うわ…、あきやんくわしー…」
 ちょっと、ソンケー。
「あきやん、中学の頃からそーゆう情報だけは早く仕入れるんだよ」
「はっはっは、あっさと。俺は天才だ」
「それはどうだか…」

 

 う〜ん、それは三好先輩ツライだろうなぁ。けど、それならなんで若林先輩とケンカするんだ?
 ケンカする相手が違うと思うんだけど…!?
 話はそれっきりで終って、違う話題へと流れていった。深く追求しようにも、一年坊の俺達は先輩達と付き合い短いからプライベートな事はあまり知らない。…っていうか、まだ先輩の名前と顔がようやく一致しかけてるくらいの時間しか過ごしてないから、わかるわけないよなぁ。
 しっかし、男女間の問題はもつれると大変!もつれまくって解けなくなるから。
 身近に悪い見本がいたから言えることなんだけど、ね。
 実際、自分自身では恋だの愛だの全然縁がないから、偉そうには語れないなぁ…。
 いろいろ考えながら食べてたら、いつの間にか俺の弁当のおかずが一品なくなってた!
 犯人は、すでに逃亡中…。
「けぇと!俺の厚焼き玉子、返せぇぇぇぇーーーー!!!!」

 


「うわ〜、くったびれたぁ」
  ばふっ
「おい、オージュ。寝るなら自分の部屋で寝ろ」
「寝ないよぉ、ちょっと話があるんでいっ」
  ごろごろん
 今日も昨日と同じ空気のままで、何か妙に神経使っちゃったから余計疲れちゃったのだ。
 は〜、ぐてぐて。
「…あ。もしかして、勉強の邪魔しちゃった?」
「いや、もう終わる。中学の時と違って、課題が多くてな」
「そりゃそーだよ。特待生クラスだもん。一年の時から、一流大学目指して勉強するって言うじゃん。ユウ先輩なんて、クラス変りたいって嘆いてたよ。…俺のクラスなんて、すげーお気楽なもんだよ。しいていえば、そろばんと簿記が厄介なだけ」
「俺も、オージュと同じクラス選択すればよかったな」
「残念でしたぁ」
  ごろごろごろん
 なんか駿の部屋って居心地がいいから、ついつい居座っちゃうんだ。
 駿は迷惑かも知れないけど。
 でも、家に話し相手がいるのってなんかいいよね。しかも、男同士だから気を使わなくてもいいし。
 ほんと、引越ししてよかったなぁ…って実感する。

 

「…さて、終わった。…で、話ってクラパートのことか?」
「ご名答。実はね…」
 俺はちょっと得意げに、あきやん達に聞いた話を駿に話した。
「…なるほど。確かにそれじゃあの二人のケンカの原因とまではいかないな」
「だろ、だろぉ!?若林先輩は関係ないもん。だから、もっと別に理由があると思うんだけど…」
  ごろごろ…
「そういえば、部長は富田先輩を狙ってるみたいだぞ」
「え?とみちゃん先輩を?」
「あぁ。雨井に聞いたんだが、部活の終わった後とかになんだかんだ理由をくっつけては、富田先輩と残ってるらしいんだ。で、遅くなったから送るよ…っていうパターンらしい」
「げ」
 うわ、部長ってばサイテー。三好先輩の立場ないじゃんか。この女ったらしっっ!!!
 あーーーもうっ、同じ男として許せねーーー!!!

 

 ……でも、待てよ。
 それなら、とみちゃん先輩とケンカするならわかるけど、なんで若林先輩!?
 あやあや、またまたわからなくなった。
 俺は自慢じゃないけど、クイズを解くのも推理するのも…とにかく頭を使うこと全般苦手なんだ。
 クロスワードとか完成した試しないもん。
 うーーーーーーーーーん…
  ごろごろごろごろごろん
 ふあぁぁぁぁ…
  ごろごろ…ごろん
  ごろ………ごろん
  ………………
 くーーーーーーーーーーっ…

 


「オージュ?」
 くーーーっ…くーーーっ…
「やっぱり、寝たか」
 くーーーっ…くーーーっ…
「まったく、仕方ないな」
 くーーーっ…くーーーっ…
「無防備な寝顔、だよな」
 くーーーっ…くーーーっ…
 くーーーーー…

 


        
「……俺の気持ちも知らないで…」

 

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