■Rain Drop 第3話

 


  ポタポタポタ…
 今日は朝から、雨。
 あ〜嫌だなぁ、雨の日って。なんとなく心が暗くなっちゃうよなぁ…。
 廊下の窓から、じーっと降り続く雨を眺める。
 まだ当分止みそうにない。
 はぁ〜…てるてる坊主でも作ろうかなぁ。
  ポンッ
「おっす、少年。なにボーッとしてんの?」
 肩を叩いてきたのは、姉御肌の若林先輩だった。
 笑ってるようでも、やっぱりいつもより表情が暗い。
「ちーっす、先輩。雨の日は嫌ですねぇ」
「ほんとだよね。まーったく雨のおかげで、体育がマット運動になっちゃったよ。きっついんだよねぇ」
「わかりますっ!俺も、マットだめ。体がめちゃくちゃ硬いっすから」
 けらけら笑ってみせてくれる先輩。
 まだ仲直り出来ないのかな…って思った瞬間、心の中を読まれたかのように先輩が言った。
「ごめんね、トロ野。後輩達みんなに嫌な思いさせちゃってるよね。…もうちょっと我慢してくれるかな?ちょっとまだおかしいんだ、私ら三人とも」
「三人とも…って、とみちゃん先輩も?」
「んーー…まあね。ちょっといろいろゴタゴタしちゃってさぁ。三好はまだ荒れてるし、私もしばらくそっとしておこうと思ってるしね。悪いね、本当。トロ野なんていつも顔が固まっちゃってるもんね。ごめんね、気を使わせちゃってさ」
 若林先輩……。
 なんか、少しジーンときてしまった。
「そんな…いいっすよぉーっっ!たまには気を使わないとボケちゃうし!俺は大丈夫っすから。……でも、早く元に戻れるといいですね」
「はははっ、トロ野らしいや、さんきゅ」
 バンバン肩を叩かれると、ちょっと痛い…。
「……でもさぁ」
「はい?」
「…仲直り…っていうか、前みたいに戻れるかなぁ。私、結構キツイ事言って三好の事傷つけちゃったんだよね」
 よっぽど先輩も堪えてるんだろうなぁ…。
 男勝りの先輩が、すごく弱弱しく思える。
 俺はなんて言っていいかわからずに、先輩の目の前で小さくガッツポーズをした。
 先輩は「さんきゅ」って小さく言って、体育館の方へと歩いていった。

 


 こういうとき、何か元気付けられる言葉が見付かればいいんだけど。口下手&ボキャブラリーの少ない俺は無言になってしまう。情けないな…。
 一人になった俺は、また窓の方へと眼を向ける。
 まだ雨は降って…って、あっ!

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ!

                  
 偶然見てしまった。
 渡り廊下にいる女子と、駿の、姿。


 なんか…怪しいムード。
 なんか、なんか、なんか、心臓がバクバクいっちゃってる。
 落ち着け、落ち着け。
 うわ…なんかヤバイ場面見ちゃったような気が…でも。

 


「おーやおやおや。また神野の奴、告白されてんのかい?うらやましいねぇ」
  ドキドキドキン!
 心臓、飛び跳ねた。
「あっ、あっ、あきやん!あっ、あれって、告白タイムなのっ!?」
「他になにがあるんだよ、あのシチュエーションで。まーーったく、モテル奴はいいよなぁ。よりどりみどり選べてさ。神野の奴、今のトコ全部断ってんだろ?もったいねぇ。俺によこせってんだ」
 …今のトコ、全部???
 そんなに告白されてんのかよ!?俺…何にも聞いた事ないぞ。『告白された』…なんて、一言も。
 あ…、なんか頭に衝撃が…。
「なぁ、神野って本命いるん?」
 あきやんは聞きたそうに寄って来る、けど。
「……さぁ」
「さぁ、って。いつも一緒にいるくせにそういう話しねーの?」
  ズキン
「………うん」

 


 うわ…なんかすげぇショック。
 駿の奴なんにも言わない…。
 そういえば、駿のプライベートな話って聞かない。
 昔なにやってんだか、趣味はなんだか…ましてや本命の話なんて、全然知らない。
 まったく、知らない。
  ズキズキ…
 なんかわからないけど、モヤモヤとイライラがミックスしたような気分。
 なんか、なんか、なんか止まらない。
 ちくしょーー!!だから、雨なんて大嫌いだっ!!!

 


「あら、大樹。おかわりは?」
「いらない。ごちそーさま」
 珍しくさっさと御飯済ませて、さっさと風呂に入って、さっさと自分の部屋に上がった。
 まだモヤモヤ・イライラモード入りっぱなしなんだ。今日はあれからずっとこんな調子で、あっさとには恐がられたりしてた。ごめん、あっさと。
 あーーー、モヤモヤ、イライラ。
 CDかけて、漫画読んで、腕立てして……だけど、モード変わらず。
 なんなんだろ、まったく。

 


 そのうちに、二階に上がってくる駿の足音が聞こえてきた。
 フン、今夜は口も聞きたくない。
 俺は毛布をかぶって、寝る準備をした。
 トントン、ノックする音。
 おっと、寝たふり、寝たふり…
  ガチャ
 あ、入ってきた。フン、だっ。寝たふり、寝たふり…
  がばっっ☆
 うわっっ、一気に毛布はがされた。なんだよっ、もうっ!
「えっちっ!なにすんだよっっ」
「…やっぱり、タヌキ寝入りか」
「タヌキでもキツネでもないもんっ。出てけよ、おやすみっ!」
 毛布を奪い返そうとしたけど、失敗。
 力で駿にかなうわけがないから、枕を抱えて反対向きに寝転んだ。
「なに、怒ってるんだ?」
「別にっ」
  モヤモヤ、イライラ…
「何かあったのか?」
「何もっ」
  イライラ、モヤモヤモヤ…
「俺、オージュの気に触ること、何かしたか?」
  ドキン…
 駿に弱く出られると、ちょっと強気が弱気になってしまう。
 俺は起き上がって、駿の方を見て小さな声で言った。

 


「……今日、告白されてただろ」
 駿は、微かに表情を変えた。
「…まあな」
「初めてじゃないんだろ?」
「…どうしたんだ、それが。オージュが怒る訳がわからない」
  プチッ
 俺の中で、何かが一本切れた。
「駿はっっ、俺の事信用してないだろ?」
「信用してない?そんなことないぞ」
「じゃっ、じゃぁ、何で言ってくれないんだよっ!告白された事とか、いろいろ…。俺の事、同居人としか思ってないだろ?…俺は、駿と友達になれたって、思ってたのに……」
 あ、涙出そう。
 えぇい、静まれ、出てくるなっっ!ここで泣いたら、それこそ情けなすぎるっ!
 堪えながら待った駿の堪えは…

 

                 
「同居人なんて、思ってない。…友達、とも」

 


 友達とも、思ってない……?

 


 俺は、愕然としてしまった。
 情けないよ…今まで一体なんだったんだよ、この生活。
 俺だけが楽しんでて、俺だけが嬉しがってて…そんなの、そんなのバカみたいじゃん。
  ポタポタッ
 堪える力もなくなって、涙が零れ落ちた。
 もう、いいや。情けなくても、なんでも。
 ミジメすぎるよ……。

 


「オージュ…」
 ……………。
 ……………?
 ふわっ、と。
「ちょっ…駿!?」
 俺はなぜだか、駿に抱き締められてた。
 …ちょっと待て、なんでこうなるんだ???
 事態が把握できなくて、俺はうろたえた。
「オージュ」
 顔を上げると、すぐ真正面に駿の顔があった。
 真っ直ぐ俺を見る瞳から、目が離せない。
 やがて、駿の口が静かに動いた。
「オージュは『特別な人』だ。かけがえのない…『大切な人』だ」
「しゅ…」

 !!!!!!!!!!!!!!!!!

「んっ…んんっ?」
 うそだろ…?
 俺、今、駿とキ…キスしてる?
 オトコにキスされてるくせに、不快感は全然なくて、むしろ心が静まって…って、これはいったいなんなんだ!?

 

「オージュ…ごめん、いきなり」
 長い長い時間が経ってたと思う、駿が唇を離したのは…
 俺はその時にはもうモヤモヤしてたのとか、イライラしてたのとかが消えていた。
 でも、言葉じゃ表せないなんともいえないモードが広がってた。
「俺…いつの間にかオージュのことしか考えられなくなってた。こんなの初めてで、どうしていいかわからなかった。しかもオージュは同性で……。友達として接しようと思ったけど、出来なかった。友達以上に思ってしまうんだ。止まらないんだ、感情が」
 俺は一言も聞き逃さないように、噛みしめるように聞いてた。
 駿の悲痛な、顔。
 胸が締め付けられる…
「もう、止められない。好きだ、オージュ。俺は、オージュが好きだ」
 ぎゅっ…って、腕に力が入った。
 …信じられない、駿が俺を…俺のことを好きだ、なんて。
 頭の中ではこれは夢だと思ったりしたけど、今、抱き締められてるのは…事実。
 それに。
 キスされたことも…事実、だ。

 


 ……これは、事実なんだ。

 


 雨はまだ降り続いてた。

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