■Rain Drop 第4話

 


 −−−駿に、キスされた。

 

 でもそのことは夢だったかのように、翌朝はいつものように駿に起こされて一緒に登校した。
 あまりにもいつもどおりだったから、一人でドキドキなんてしちゃってバカみたいだった。
 ポーカーフェイスの、駿。
 昨日の駿は、幻だったのかな…?

 

「トロ野ぉ〜、なにボケッとしてんだよ。次、体育だぜ」
「おっとぉ、やべ。着替えなくっちゃ」
 学校じゃおちおちぼーっとしてらんないなぁ。
 ぱぱぱっと着替えて、校庭へとダッシュ。こんなときオトコでよかったと思う。
 女子じゃ、教室でなんて脱げないもんな。
「おーちゃん、一緒に柔軟しよっ」
 あっさととは背の高さがだいたい同じだから、何をするにも丁度いい。
 それに俺よりほんわかしてるから、せかせかしなくていいのが嬉しい。
「なんだよ、あっさと。またトロ野とやんのかよぉ」
「うんっ。けぇととやると、痛くされるからやだもん」
「ちぇっ」
 あっさととけぇとは同じ中学で、すごく仲がいい。
 なんかセットって感じさえする。
 あ、あきやんも一緒だからトリプルセットか!?
「いいの、あっさと。けぇといじけてるけど」
「うんっ。いいの。けぇと、イジワルなんだもん」
 あれ…?
 ちょっといつもと違って、表情が怒ってるみたいだ。
 いつもニコニコしてるのに、珍しいなぁ…。
「ケンカでもした?」
「…ううん」
「なんか怒ってるみたいだから」
「わかる?」
 俺は、背中を押されながらも首を縦に何度も振った。
「けぇとは、無神経なんだ。僕の気持ちなんかいっつもわかってない」
「…あっさと?」

 

 あっさとの方を見ると、少し瞳が震えてた。
「ごめんね、おーちゃん。僕、なんかおかしいみたい。最近、なんかイライラしてしょうがないんだ」
 なんか昨日の俺を見てるようだった。
 なんかイライラして、気分の切替えが出来なくって。
 怒りたいようで、泣きたいようで…。
「あっさと、体育さぼっちゃおっか」
「…え?」
「俺、気分悪いフリするからさぁ。木陰に連れて行ってよ」
 あっさとは泣き笑いのように頷いた。
 そして俺はハリウッド並みの演技力(!?)で、あっさとと二人で木陰へと逃げ込んだ。

 

「ごめんね、おーちゃん。気、使わせちゃって」
「んー!?いいの、俺もちょっと考えたかったんだ」
「おーちゃんも、なんか悩みでもあるの?」
「悩みっていうか…んー、よくわかんないんだけど。俺も昨日、あっさとと同じ状態だったから」
「あ…そういえば、顔が恐かった」
 木陰でごろんと寝っころがる。正直、昨日はあんまり眠れなかったんだ。
 駿の言葉がぐるぐる回ってて、駿が部屋から出て行ったあとも動けなかった。
「なんだろね〜、自分が何考えてるんだか、さっぱりわからねーの」

 

 駿の告白シーン見て、イライラした俺。
 駿に抱き締められて、気分が治まった俺。
 キスされても、全然嫌じゃなかった俺。

 

「僕もよくわかんないや…。なんなんだろうね、この気持ち」
 あっさとも、ごろんと横になった。
 それから二人で、黙って空見てた。
 空には小さな雲や、大きな雲がまばらに浮かんでた。
 結局、体育の授業は二人してさぼってしまった。

 


 お昼休み。
 なんとなくだるい体に鞭打って、散歩がてら音楽準備室へ向かった。
 いつもならみんなと遊んでる時間だけど、今日はそんな気分にもなれなくて…
 あ〜ぁ、なんなんだ。
「…オージュ」
 聞きなれた声に、全身が飛び跳ねる。
 あぁぁぁぁ…一番会いたくない奴に、準備室で会ってしまった。
「よっ、よぉ。どうしたん、駿」
「楽譜取りに来たんだ。ちょっとわからない箇所があったから、雨井に聞こうかと思ってな」
「そっ、そっかぁ…。じゃっ、じゃぁ…」
 準備室を出ようとする俺の手を、駿がつかんだ。
「しゅ…?」
「シッ…」
 駿が唇に手を当てる。
 よく耳をすませてみると、ドアの向こうから誰かの話し声が聞こえる。

 

「…どういうことよ!もう、私と別れるってこと?」
 この声は…三好先輩!?
「わかってるんだろ、もう。俺とお前が終わりってこと」
 相手は、部長だ。
「なによ、それ。自然消滅にしようとしてたってこと?ずるいわ、そんなの」
「じゃ、言うよ。…別れよう、俺たち。……これでいいんだろ?」
「サイテーね、アンタ」

 

 やがて静かになって、足跡が遠くに消えていった。
 ひとつ、ふたつ、と。
 部長…そりゃないよ、本当にサイテーだ。
 俺は同じオトコとして許せなかった。
 別れをそんなに軽い言葉で決めてしまうなんて…そんなのないよ。

 

「…決定的だったな」
 駿の声が近くに聞こえた…って、俺達ずいぶんと密着してるじゃんっっっ!?
 顔が一気に熱くなる。
 やべ…。なんか体中が熱い。
「オージュ、熱でもあるのか?顔が真っ赤だぞ。体育も見学してたそうじゃないか」
「うっ…ううん。へっ、平気。ちょっと太陽にやられただけ」
「今日は、そんなに日差し強くないぞ」
「うっ……」
 俺ってなんて嘘がヘタなんだろう。
「…夕べの事、気にしてるのか?」
  ドキン
「迷惑なら、この腕振りほどいて行ってくれ」

 

 迷惑なんて…思ってないから、困ってるのに。
 この腕を振り解くことなんて出来ないって、わかってんじゃないのか。

 

「ズルイよ…駿」
 そう言うと、駿の綺麗な顔が近付いてきた。
「しゅ…ん?」
 駿のメガネが、俺の頬に当たった。
 駿の口が、俺の耳を噛んだ。
「好きだよ、オージュ」
 ゾクゾクッと、背中に何かが走った。寒気と似た奇妙な感覚。
 俺…どうしちゃったんだろう?
 同じオトコに迫られて、全然嫌じゃないなんて…
 俺、どんな顔してるだろう…?

 


「おーいっ、神野。取り込み中すまん」
 この場にそぐわないのんびりとした声に我に返る。
 みっ、みみみみみみみ見られた!?
 いつのまにかドア開いてて、そこにおタカが…
「うわわわわわわわわわわっっ!?」
 駿を突き飛ばして、とっさに離れる。
「なんだ、雨井」
「なんだじゃないぞ、譜面取りに行ったまま帰ってこないから探しに来たんじゃないか。昼休み終わるぞ」
「すまん。もう帰る」
 なんでこの二人は、平然と会話してるんだぁぁぁぁ!?
 普通はパニックになるだろうっっ!?
 こんな場面目撃して、目撃されたらっ!
 パニックになってるのは俺だけじゃないかぁぁぁぁ!
「どうした?トロ野。バカみたいに口開けて。酸素が足りないのか?」
 俺…おかしくないよね?
 この二人がおかしいだけだよね?
 あぁぁぁあぁぁぁぁぁ〜、頭がいいやつの思考回路がわからない!
「じゃ、オージュまた放課後」
 駿も駿で、そのままおタカと行ってしまった。
 これは普通のことなのか!?
 俺、駿に耳かまれてたんだぞっっ!?友人同士の行動じゃないだろっ!
 つっこまれても困るけど、つっこまれなくて平然とされちゃうのも困るッ!


     
 あぁ…ますます頭がパニクってきた。
 思考回路はまだ正常に動きそうに、ない…

 

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