■Rain Drop 第5話

 


 その日は、さすがに三好先輩は部活を休んでた。
 そりゃそうだよなぁ…。あんな出来事があったら、当分来る気にもなれないだろう。
 あの出来事は誰にも話さずに、俺は一人で消化してた。    

               


 ……しかし、あの駿の平然としてる態度はなんなんだ!
 俺は浴槽につかりつつ、今日の出来事を整理してみる。
 放課後もいつも通り。
 帰り道もいつも通り。
 時々豹変するあの駿は、見事に隠してしまってる。
 なんであんなことしておいて、あぁもクールなのか!?
 もしや、こういうことは慣れっこで、気にするほどでもないとか…?
 俺はその他大勢の一人!?

 

 ”もう、止められない。
 好きだ、オージュ。
 俺は、オージュが好きだ ”

 

 でも、あの悲痛な顔は…。
 あぁ…だめだ。よくわからないや。
 駿って人間を俺はまだよくわかってないのかもしれない。
 出会ってまだ数ヶ月だもんなぁ…。
 俺は今まであった中で一番の友達になれるって思ってたのに…
 ぐるぐる考えてたら、ちょっとのぼせそうになったんで慌てて上がった。
 はぁ…、わからん。

 


 風呂から出ると、魅夜さんが食器を洗ってるのが見えた。
 うちの母さんはほとんど家事してない。家事は魅夜さんがやってくれてる。
 しかも今夜は、歓送迎会だと。まったく…
「…すいません、魅夜さん。いつも」
 俺はちょっと申し訳なくなって、魅夜さんに謝ってみる。
「あら、大樹君。…どうしたの?」
「いや、その…。家事うちの母さん全然やらないから…」
「いいのよ。あの子は外で働いてるんだし」
 魅夜さんは翻訳の仕事をしているらしい。
 駿のご両親は頭がいいよなぁ…。親父さんだって大学教授だったんだろぉ。
「それに、人数が多い方がやりがいがあるのよ。料理作るにしても、大樹君とかおいしそうに食べてくれるから、作りがいがあるわ。駿なんかいつも無表情だからわからないのよ。…あ、ジュースでも飲む?」
「あ、いただきます」
 うぅ…魅夜さんて、美人なのに優しい。
 俺は感動しつつ、ジュースをもらって食卓に腰掛ける。
 魅夜サンも食器を拭いてから、相向かいに座った。
「あとね、もうひとつ嬉しい事があるの」
「なんですか?」
「駿が、笑うようになってくれたこと」

 


 え……!?

 


「しゅ、駿って笑わなかったんですかぁ???」
 初めて会った時にはすでに、やさしく微笑んでくれてたけど… 
「あの子ね、父親に似て感情をめったに外に出さないの。当たり障りのない愛想笑いはするけどね。変なところが似ちゃったなぁ〜って思ったわ。妙に冷めてるし、必要な事以外はしゃべらないし…でもね。大樹君たちがここに住み始めてからは変わった。あんなに人に世話をやく子なんて思わなかった。ほら、毎朝あの子が大樹君起こしたりしてるでしょ?最初、すごいビックリしちゃった。あんな優しい目をして接してるし、普通にしゃべってるし、自然に笑ってるし…。あの子も人間なんだなって思えたわ」
 俺はどういう顔していいかわからなかった。
 前の駿が今の駿と全然違うってことにびっくりして。
 感情を外に出さないってトコに、さっきまで悩んでた事が少し納得出来ることもあったりして。
 俺といることで、笑ってくれるようになったっていうのが嬉しくて。
 素直に、嬉しくて。
 びっくりしていいんだか、にやにやしていいんだか、よくわからなくなってた。

 


「なに、変な顔してるんだ?」 
  ドキン
「あら、駿。あなたもジュース飲む?」
「いい。ミルクティ作るよ」
  ぴく。
 ミルクティ…。
「オージュも飲むだろ?」
  こくこくこくこくん♪
 勢いよくうなづく俺に、魅夜さんは笑った。
「あなたたち、お父さんそっくりね」
 あなたたち…?
「魅夜さん、俺の父さんも知ってるんですか?」
「えぇ。同級生ですもの。私たち4人」
「えぇーーーー!?そうだったんですかぁ?じゃ、俺の父さんと駿の父さんも知り合いだったんだ!」
「……そうよ。親友、だったわ」

 


 一瞬、魅夜さんの表情が曇った。
 あ…やばい。亡くなった駿の父さんのこと、思い出しちゃったかな。
「タイプは正反対なのに、すごく仲が良くてね…いつも一緒にいて。私たちと付き合ってからも4人で行動してた」
「へぇ〜…初めて聞いた」
「雪子と私は、二人にやきもちやいてたからね。だから雪子も話さなかったのかもね」
 魅夜さんは、そう言って微笑んだ。
「ほら、オージュ」
「さんきゅ〜♪…うん、うまいっ」
 俺好みの甘さだぁ。やっぱ、駿のミルクティは最高。
「やっぱり、そっくりだわ。…じゃ、私もお風呂入ってくるわね」
「はーいっっ。じゃ、お先におやすみなさい!」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 俺と駿はミルクティ片手に二階へ上がった。

 

「……やっぱり、こうなる運命なのかしら」

 

「知らなかったよなぁ〜、俺と駿の父さんが親友だったなんて」
 俺はすっかりご機嫌で、自分の部屋で駿と話してた。
「…俺は知ってたけど」
「そうなんだ〜。俺なんてココに来るまで、魅夜さんしか知らなかったよ。父さんもなんも言ってなかったし。4人とも仲よかったなら、小さい頃に駿と遊んでてもおかしくないのになぁ〜」


 ちょっと疑問だった。
 グループ交際とかしてるなら、結婚してからもお互いの家とか行き来してそうなものなのに。
 一回もそういうことなかったと思うから。 


 でも自分の親達の過去を知るのって、なんとなくワクワクしてしまう。
 ミルクティも進む、進む。
「俺の親父は飛び回ってていなかったからな。…でも、1回くらいは会っててもよさそうなのにな」
 駿も少し疑問を持ったらしい。
「だよなぁ〜。変なの」
 あ、もうカラッポ。ちぇ…
「何かあったのかもな、4人の間に。でも母親同士は行き来してたから、父親同士であったのかもしれない」
「そっか…。そうだよなぁ。俺も魅夜さんの存在は知ってたもん」
 あ〜こういう時に、父さんがいれば聞けるのに。
 今は居場所もわからない。
「…あ、もうこんな時間だ。早く寝ないとまた起きられないぞ」
 時計は0時。
「うん、寝る。駿は、まだ寝ないの?」
「あぁ…。まだ少し課題が残ってるからな」
「うげげ…。お疲れ様です」
 駿はいつも午前様。それなのに、俺より早起き。
 そういえば、駿の寝顔って見たことないかも…。

 


「おやすみ」
 駿の顔が近付いてきた…って思ったら、軽くキスされた。
「しゅ…しゅしゅしゅしゅ…駿っっ!」
「充電完了」
 うろたえる俺を置いて、駿は部屋を出て行った。
 触れるくらいのキスだったけど、俺には……
「うぅ…寝られないじゃないかぁ…」
 しばらく布団の上で、じたばたして。
 そのうちに前日の寝不足がたたって、知らない間に眠ってしまった。

 

                  
 ……父さん、駿の父さんとなんで行き来しなくなっちゃったの?

 

 駿のキス攻撃は、挨拶代わりのようにほぼ日常化してきた。
 触れるくらいの軽いキスだけど…
 それに動じなくなってきてる俺は、感覚が麻痺しはじめてるかも。
 俺は、充電器じゃねーぞっっ!!!

 

「トロ野っ、ちょっといいか?」
 昼休み。トイレから出てきたところをけぇとにつかまった。
「なぁ、あっさとの奴。俺の悪口とか言ってねぇ?」
「別に行ってないよ」
「そうかぁ?…なんか変なんだよな。いつもならあっさとの方からかまってくるのに、最近は避けられてる気がすんだよ。俺なんかしたっけなぁ」
 だいぶけぇとはまいってるようだった。
 お調子者のけぇとは、どこか彼方へと行ってしまってる。
「いつも苛められてるから、恐くなっちゃったんじゃない?」
 ちょっとイジワルして、そう言ってみる。
 恐くなったんじゃない。…きっと、あっさとはけぇとが大好きなんだ。
 自分の感情がコントロール出来ないようで、一緒にいるのがつらいみたいだもん。
「まっ…マジかよ!?そういえば…俺、小さい頃からアイツ苛めてたし…」
 単純なけぇとは、フラフラとどこかへ行ってしまった。
 少し言い過ぎたか?ま、いっか。
 あっさとはもっとずっと苦しんでるみたいだし、いい起爆剤になればいいかな。

 


 そこまで考えて、はっとした。
 俺は……駿のこと、どう思っているんだろう?
 駿とのキスは、嫌じゃない。
 男にされてる…っていう意識はあるんだけど、嫌悪感はさらさらない。
 実は男でも平気な体質なのか…?とも思ったけど、あきやんやおタカとかとキスなんて冗談じゃない。
 考えただけでも、チキン肌になっちまう。

 


 …じゃぁ、駿はなんで嫌じゃないんだろう?

 


「なにボーッとしてんだ?チューニングするぜ」
 はっ。目の前には、ユウ先輩。
「うわ、すいませんっっ」
 いかんいかん、合奏の前に違う事考えてちゃ。
「ユウ君、今日も陽ちゃん休みだから2ndに代わってもらっていい?」
「いいっすよぉ」
 三好先輩はしばらく部活を休んでた。
 三年生は夏のコンクールで引退なのに、大丈夫なのかなぁ…?
 それだけ失恋は痛手だったんだ…

 


 部活が終わって、いつものように駿と帰ろうと思ったら先客がいた。
「すまない、オージュ。パートの居残りがあるから、先に帰っててくれないか」
「…うん。わかった」
 駿の横には、嬉しくて仕方ないって感じの先輩。
 小柄で可愛くて、あきやんがメロメロな先輩…
 ちょっと、ムカッ。
 ついでに、イライラ。
 いつもの帰り道を、一人で帰る。
 横を向いても、駿がいない。
 なんか妙に落ち着かなかった。

 

  ボキッ ボキッ
 こんな時に限って課題はあるもんで、全然進みやしない。
 折れたシャーペンの芯だけが増えるばかり。

 

      
 …やっぱ、駿の横には女の子の方が似合うよなぁ…

 


 そう思うほど、どんどん凹んでいく。
 数学の証明問題より、この気持ちを証明してスッキリさせたい。
 あーーー…もう、どうしょうもねぇ。

 

「オージュ、開けるぞ」
  ドキッ
 帰宅したばかりなのか、駿が制服姿のまま入って来た。
「おかえり…」
「ただいま。…どうした?泣きそうな顔してるぞ」
「えっ…」
「あぁ。数学がわからないのか?夕飯食べてから教えるから、待ってろ」
 一人で納得して、駿は部屋を出て行こうとした。
 ……けど。
 俺はなぜか、駿の制服を引っ張ってた。

 

「オージュ?」
「…先輩と、二人で居残りしてた?」
 ……はっっ!
 俺は何を言ってるんだっっ!?
「ごめんっっ!なっ、何でもないっっ!」
 慌てて手を離して、思いっきり首を振った。
 うわぁぁぁぁぁぁ、顔が熱い!たぶん、真っ赤だ……だせぇ。
 慌てる俺とはうらはらに、駿は俺をすっぽりと包み込んだ。
 あ…やっぱ、落ち着く。

 


「ヤキモチやいてくれたのか?」
 耳元に、駿の声が掠めた。
「えっ、そっ、そんなことないっ」
 …って言っても、もうバレバレだし。
「嬉しいよ、オージュ」
 嬉しい…って、ちょ、ちょっと!?
 身体の角度が変わったかと思うと、絨毯の上に背中が…?
 …で、真上に駿の顔っ?
 この体勢ってやばいんじゃ…と思ったときには、もう口をふさがれてた。
 いつもの触れるくらいのキスじゃなくて、こっ…恋人同士がするようなキス。
 初めての体験に、頭がクラクラ。
 どう対処していいかわかんないし、手はドコに置けばいいんだなんて考えてたのも束の間。
 長い長いキスに、だんだん頭の中が真っ白になってきた。
 ちょっと息苦しくなってきたと思ったら、唇が解放された。 
「あっ…」
 首筋に駿の唇が移動すると、背中に電撃が走った。
 でもさっきのキスで、もう俺は力が抜けまくり。
 首筋から、耳元にかけて駿の口が動いてく。
 なんか、やばい……。

 


 やがて、駿の動きが止まった。
「続き…したいけど、下に親達がいるからやめておく」
「つっ…続きって…」
「ご想像に任せるよ」
「……っ!?」
 駿はニヤッと笑って、もう一度キスをしてから立ち上がった。
「じゃ、また後で課題教えに来るから」
 一人になった部屋で、まだそのままの体勢で固まる俺。
 これが日常的になったら、俺くらげになっちまうぞぉ…
 力が抜け切った体と、熱くなった顔を、ちょっともてあました。
 でも、イライラしてた気持ちがまた消えてしまった。
 駿とのキスは、なぜか安心する。

 


 駿が俺とのキスを”充電”と言うのなら、
 俺は駿とのキスを”癒し”って言うかも知れない。

 

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