「おっはよ〜、おーちゃん」
「はよ。…なんかご機嫌だね、あっさと」
「え〜、そんなことないよぉ」
…いや、あきらかに幸せオーラ背負ってるんだけど。
隣にいるけぇとと、ほんわかしちゃってるし。
まんまと起爆剤が効いたのかな…。単純すぎるぞぉ〜。
掃除当番じゃなかった俺は、音楽室に珍しく一番乗り。
窓を全部開けて、空気の入れ替えをしておく。
あ〜、すがすがしいねぇ。
「お、トロ野。早いねぇ」
二番手はおタカ。…あれ、駿と一緒じゃない。
「神野なら、担任に呼ばれてるぞ」
「そうなんだ」
おタカはするどいっていうか、何も言わなくても答えが来たりする。頭がいい奴って、そうなのか!?
そのまま近付いて来ると、なぜかシャツの襟を掴まれた。
「なんだよ」
「キスマーク発見」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?
身に覚えのある俺は、とっさにおタカから離れる。
駿のやつぅぅぅぅ〜…
「アイツ、独占欲強そうだからな。苦労するぞ、お前」
アイツ…って、駿の事だよね。
おタカには前も目撃されてるし、バレバレじゃねーか…。
「…へ、変だって思わないのか?」
「あ?あー、こういう男同士の付き合いってこと?…別にいーじゃん。レンアイの形は人それぞれなんだしさ」
「ずいぶん大人な意見だね」
「まぁな。それに俺も、カレシいるし」
仰天発言!!!
あんまりさらっと言うもんだから、流すとこだった。
「だっ、誰?」
「はっはっは。…そうだな、ソイツが来たらソイツの腕掴むよ」
おタカは楽しそうに笑った。
……ほぇぇぇぇぇ。ソイツが来たらってことは、この部活内ってことだよね。
うわ…おタカの行動に目が離せなくなりそうだ。
続々と部員が集まってくる。うぅ〜…誰だろう。
「トロ、なに目細めてんの?」
「あ…。若林先輩、ちぃーっす」
「目つきあやしーよ。ほら、早く楽器出してきな」
「はーいっ、出してきまっす」
いけねっ、おタカの恋人捜す前に準備しなくっちゃな。
クラリネットパートは9人いるから、9つ楽器出さなくっちゃなんだ。
…でも、今日も三好先輩は来ないのかなぁ…。
「おっす。手伝うぜ」
「ユウ先輩、ちぃーっす。…三好先輩、今日も休みっすか?」
「あぁ。学校には来てるみたいなんだけどな、さっき帰っていくのを見たよ」
「そうですかぁ…」
じゃ、また8つ出せばいいのか。
棚から楽器を下ろしてると、おタカが寄ってきた。
「近藤先輩」
は…
はぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっっ!?
おタカは、ユウ先輩の腕、掴んでた。
……って、ことはぁ……
「なっ、なんだよ。どうした?」
うっすらと頬を染めるユウ先輩。
「いえ、なんでもないんですけど。ちょっと掴んでみたくなっちゃって」
おタカは俺の方を見てニヤッと笑うと、違う棚の方へ行ってしまった。
うそだろぅぅぅぅ…!?
「おい、どうした?固まってるぞ?」
はっ。
「あぁぁぁ〜、すいませんっっ」
ちょっと俺には衝撃が大きすぎるっっ!!!
俺の周り…こういうのやけに多くないか!?…ココ、共学だよなぁ。
おタカとユウ先輩なんて、意外すぎる…
「ユウ先輩と、おタカって仲がいいんですか?」
おそるおそる聞いてみる好奇心旺盛な俺。
「…あぁ。中学でも一緒だったからなぁ」
同じ中学だったのかぁぁぁぁ〜!…これは、盲点。
こころなしかユウ先輩も落ち着きなくなってきてる。
そっか…そうだったんだ。
「こらーーーーーっっ!!!ユウ、トロ、遅いっっっ!!!」
「すっ、すいませーーーんっっ」
若林先輩に再び怒られて、慌てて楽器を運ぶ二人。
今日も練習に集中できるか心配だ…
結局何度もトチって、とみちゃん先輩にまで怒られた。
「もぉ〜、トロちゃん。最近ヘンよ」
「すいません……反省中です」
俺がペコペコしてると、とみちゃん先輩は溜息ついた。
「ごめんね。私達がゴタゴタしてるせいかもね…」
「そんなこと…ないです」
とみちゃん先輩も、だいぶつらそうだった。
若林先輩もイライラしてるみたいだし、パート内の空気が悪いのも事実。
「とみちゃん、ちょっといいかなぁ」
出た、諸悪の根源め。
「なぁに?小林君」
「コンクールの事で、ちょっと相談したいんだけど」
…あ、これがあきやんの言ってた部長の誘い文句ってやつ!?
うぅ〜…とみちゃん先輩、危険ですってばぁ…。
止めたいけど、口出しできない一年坊主。
とみちゃん先輩は、まんまと策にはまって行ってしまった。
はぁ…俺って、情けない。
「オージュ、帰るぞ」
「うんっ。あれ、今日は居残りないの?」
「あぁ。ちょっと寄り道したいんだが、付き合ってくれるか?」
「…いいけど?」
珍しいなぁ。駿が寄り道するなんて。
駿についていくと、落ち着いた感じのオープンカフェに着いた。
「寄りたいとこって、ココ?」
「…あぁ。ちょっと家では話せないことがあってな」
「ふ〜ん…?」
なんだろうと思いつつも、コーヒーとカフェラテを買って奥の席に着いた。
「なぁ、オージュの父親の名前ってなんていうんだ?」
「え?ウチの親父?…智也だけど」
「やっぱり…」
駿はカバンから一冊の手帳を取り出した。
「…今日、担任から受け取ったんだ」
手帳は年代物らしく、ところどころ切れて皮の表紙がテカテカしてた。
「なに、この手帳?」
「俺の親父の物だ」
「え……?」
「担任は俺の親父の教え子だったそうなんだ。たまたま大学に行ったときにコレを見つけたらしい。…母親には渡しづらいからって、俺に渡してきた」
「魅夜さんに渡しづらいって…なんかヤバイ事でも書いてあんの?」
駿はパラパラとめくって、ある1ページを俺に見せた。
”トモに 逢いたい ”
たった、一言。
でもなんか胸に迫ってくるような文字だった。
そのページだけ、水を吸ったかのように皺になってた。
「親父がこんなことを書くなんて、よっぽどのことだったんだと思う。多分…いや、間違いなくこれはオージュの父親に対してのメッセージだ」
「父さん…に?」
「…あぁ。”トモ”って親父がそう呼んでたんじゃないか?」
智也…確かにそう呼んでもおかしくはないけど。
「それに一枚写真もあった。…さすがに担任は気付かなかったみたいだけどな」
手帳の隙間から、写真が一枚出てきた。
少し色あせて、フチがボロボロになった写真。
そこには、緑の中で笑ってる若い父さんと、駿そっくりの人が写ってた…
「これで間違いはないだろ。…親父は、オージュの父親をずっと想ってたんだ。でも、お互い結婚してしまった。それでも片想いのまま忘れられなかったんだろう」
駿はじっと手帳の文字を見つめてた。
俺は写真を見てた。…父さん達の幸せそうに笑ってる顔。
父さんはいったいどう思ってたんだろう…?
「ねぇ、駿。これ父さんに見せちゃだめかなぁ?」
衝動に駆られて、とっさに口に出てた。
「こんなの切なすぎるよ。駿の父さんだって未練があって、まだ彷徨ってるかもしれないよ」
「…オージュ」
「ねぇ、俺たちで想いを伝えてあげようよ」
「……あぁ」
駿は静かに頷いてくれた。
「やっぱり俺は、親父の子供だったんだな…。 オージュを好きになることは、運命だったんだ」
……ねぇ、父さん。
父さんは、駿の父さんの事どう思ってた?
友達?親友?…それとも?
俺は、すごくそれが聞きたいんだ。
俺も父さんの子供だって、思っちゃうのかなぁ…?
「母さん、あのさぁ…」
「なに?」
あ…なんかダメだ。
やっぱり聞けない…父さんの居場所なんて。
「この煮物、おいしいよね…」
「そうね?」
…会話終了。
隣に座ってる駿は、”無理しなくていいよ”って感じで、足をポンポンと叩いてくれた。
母さん、なんて思うだろう。
俺が父さんに会いに行きたいなんて言ったら、傷ついたりするんだろうか?
……微妙だ。
翌日、部活前に駿と学校の公衆電話で父さんの会社に電話をかけてみた…が。
『緒野は三月末で退職しております』
ツー… ツー… ツー…
えぇぇぇぇぇぇぇーーーっっ!?
父さん、会社まで辞めちゃったのぉぉ!?
「どうしよ…駿」
「困ったな…」
はぁ…これでもう手がかりがなくなっちゃったよ。ガックリだ。
父さん、いったい今なにしてるんだろう。
会社まで辞めちゃって、今ドコにいるんだろう。
「仕方ない、また考えよう」
「……うん」
電話から離れようとした時、走ってくるような足音が近付いてきた。
音のする方を見ると、若林先輩とユウ先輩だった。
「どうしたんですかっ!?」
俺が呼び止めると、二人はいつになく真剣な顔をしてた。
「三好がっ、昨日から家に帰ってないんだって!」
「えぇーーーーっっ!?」
帰ってないって、失踪!?大変だぁぁぁ…
「心当たりある場所に手分けして探しに行くんだ!トロ野も来いっ!」
「はっ、はいっ!何所に行けばいいんですかっ!?」
「…俺も行きます」
「悪いわね、神野君まで。…じゃ、私はトミと合流するから、トロと神野君はS海岸に行ってくれる?ユウはH海岸ね。あの娘は何かあると海が見たくなるから…。あ、携帯持ってる?」
「持ってないですぅ…」
俺も駿も携帯を持ってない原始人。
「これ、貸すよ」
ぽんと携帯を渡してくれたのは、いつの間にか現れたおタカだった。
「俺も近藤先輩と行きますよ。神野、三好先輩が見付かったら近藤先輩の携帯に連絡しろ」
「わかった」
「雨井までごめんね。…じゃ、みんなお願い!」
「はいっっ!」
俺と駿、ユウ先輩とおタカ、そして若林先輩はそれぞれの方向に向かって出発した。
S海岸までは電車で3駅。
電車に乗り込んだ時には、空はどんよりと暗くなってきてた。
「オージュ、大丈夫か?息が切れてるぞ」
「…ふはっ、運動、不足、かも」
情けない…学校から駅までダッシュしただけなのに…。
駿はさすがに息ひとつ乱してない。
「三好先輩…大丈夫、かなぁ…」
まさか身投げなんてしてないよなぁ…うっ、いかん。
最悪な状況ばっかり浮かんできちゃうよ。不謹慎な。
「あぁ。きっと見付かる。この携帯が役に立つから安心しろ」
おタカの携帯は、ストラップもついてないシンプルな物だった。
「いまどき携帯持ってないのって、珍しいんかな?」
「イザって時は便利そうだけど、俺には必要なさそうだ」
「メールとかいろいろ出来るよ」
「一番連絡が取りたい人間は、一番近くにいるから必要ないだろ」
ドキン
俺はつい周りを見渡してしまった。聞かれてないよ…なぁ?
下校ラッシュの混んでる時に言うなよ、そんなことぉ…。
まぁ聞かれたとしても、俺に対して言ってるなんて誰も思わないだろうけど…
う〜、頬が熱い。ますます不謹慎な。
「雨井は家が離れてるからな。メールはかかせないとか言ってる」
「あ、駿も知ってるの?」
「あぁ。入部してすぐに教えられた。自慢したかったんだろう」
う〜ん、やっぱおタカって大物。
もっと人目を忍びそうなものなのに、堂々と言える所がすごいよなぁ…。
さっきも自然に入ってきて、ユウ先輩と一緒に行ったし、すごい奴だ。
ちょっと尊敬。
おタカのことを感心してる間に、電車は目的地に着いた。
改札を出ると、少し雨がぱらついてきた。
「オージュ、海岸はあっちだ。走れるか?」
「もちろんっ!」
そして、またダッシュ。
S海岸は、駅からすぐの所にあった。
潮風が雨と一緒に肌にまとわりついてくる。
浜辺には天気が悪いせいか、人影ひとつ見えなかった。
「こっちはハズレかなぁ…」
「一応、砂浜に下りてみるか」
ざくっ、ざくっと足が砂に取られつつ砂浜を歩く。
波は荒く、雨も少し強くなってきてた。
「……オージュ、人影が見えるぞ」
「えっっ!?ドコ、ドコっ!?」
「あそこの海の家を見てみろ」
駿が指差す方向を見てみると、海の家の跡地に確かに人影が見えた。
よーく目を凝らしてみると、髪が長くて、制服が…あ、あれは間違いない!
「三好、先輩だ」
「当たりだな。行ってみよう」
三好先輩は海の家の屋根の下で、膝を抱え込むようにして海を見てた。
少し憔悴したような顔…
一晩中ココにいたんだろうか。制服も少し汚れてた。
「三好先輩…」
声をかけてみると、ゆっくりと顔がこっちを向いた。
「……緒野?神野君?」
「みつかってよかったぁ〜…。みんな探してますよ」
「……そう」
駿はさっそくユウ先輩の携帯に連絡を入れてくれた。
俺は、三好先輩の横に座った。
いつも人一倍キレイにしてる三好先輩なのに、化粧も落ちて髪もバサバサだった。
その姿を見ただけでつらさが伝わってきて、何も言えなくなってしまった。
「雨井達もすぐこっちに来るそうだ」
駿も、俺の隣に座った。
しばらく三人とも無言で、荒れる海を見てた。
波の音が、激しく耳に届いてくる。
「…ごめんね、心配かけて」
ぽつりと三好先輩が呟いた。
「私…バカだから、すぐ自分をコントロール出来なくなっちゃうんだぁ。男に振られたくらいで、情けないくらいどうしようもなくなっちゃった」
「…先輩」
「付き合う前から知ってたの。アイツは一人の女で満足できるような奴じゃないって。知ってたのに…本気で好きになっちゃった。若林にもやめろって何度も言われてたのにさ。自分でもわかってるって言い聞かせてたくせに…いざ捨てられると苦しくて仕方ないの。リスクは承知してたくせに……だめなの」
リスクは承知…。やけにその言葉が重く感じた。
リスクは、俺も駿もそうだ。
将来的に明るいなんて思えない…。
きっと、苦しむってことわかってる…。
でも…
「人を好きになるって、そういうものじゃないんですか」
ドキン
駿は誰を見るわけでもなく、海を見つめながら言った。
「リスクがないから好きになる…なんて、打算的だ。先輩は恥じるべきじゃない。恥じるのは、その気持ちをわからない相手の方じゃないですか」
「…ありがと。神野君も好きな人いるんでしょ?」
「はい。本気で好きな人がいます」
「…そう。その子は幸せだね」
三好先輩は、笑いながら泣いた。
その横で、俺も泣きたくなってた。
駿はハッキリと”本気だ”って言ってくれた。
……どうしようもなく嬉しかった。
三好先輩が言うように、俺は最高に幸せな奴かも知れない。
「三好っっ!!」
「陽ちゃんっっ!!!」
若林先輩と、とみちゃん先輩が到着した。
「…二人とも」
三好先輩はフラフラと立ち上がった。
パシッッ
若林先輩は、三好先輩の頬を叩いた。
「心配かけてっっ!…もっ、私っ…どんなにっ…」
怒りながら、いくつも涙をこぼしてた。
とみちゃん先輩は、そっと二人を引き合わせるようにして抱き締めた。
「ごっ…ごめんねっっ」
三人は抱き合って、声を上げて泣いてた。
その光景を見て、三人はまたひとつになったって思えた。
「よかったぁぁ…」
遅れて到着したユウ先輩は、力が抜けたように座り込んだ。
「お疲れ。ほら、傘買ってきたぞ」
おタカは、青いビニール傘を一本くれた。
「雨井、携帯悪かったな。助かったよ」
「いやいや。まぁ、無事解決したってことで。…近藤先輩なんかずっと気張ってたからこんなんなってるけど」
「ユウ先輩、大丈夫っすか?」
「あぁ…トロ野ぉ、よかったなぁぁ…」
ユウ先輩は気が緩んで、少し泣いてた。
三好先輩のことが、心配で仕方なかったんだろうなぁ…。
「はぁ…。まったく仕方ないな」
おタカはそう言うと、ユウ先輩の腕を取って立たせようと……えぇっ!?そのままキス、した!
「なっ、なななななにすんだっっっ!!!孝行っっ!!!」
「ユウを泣き止ませるには、これが一番効果的でしょ」
おタカの言うとおりユウ先輩は泣きやんだけど、かわりにうろたえてた。
「大丈夫です。他は気付いてません」
「おっ、俺たちも見なかったことに…」
俺達のフォローも虚しく、ユウ先輩は真っ赤になって震えてた。
「……トロ野、神野。お前ら…知ってたな……」
ひゃぁぁぁぁぁ〜、怒りの矛先がこっちにっっ!!!
おタカはニヤニヤ笑って、知らん振りしてるしっっ!!
恋人を泣き止ませることが出来るんなら、今度は怒りも止めてくれーーーーーっっ!!!