■Rain Drop 第7話

 


 三好先輩達は仲良く三人で帰っていった。
 ユウ先輩も少し怒りつつも、おタカと帰っていった。
 俺達は見送るようにして、一番最後まで海の家にいた。
「じゃ、俺達も帰ろうか」
 よかったぁ、おタカが傘くれて。もう本格的にどしゃぶりになっちゃってる。
「あぁ…。ちょっと待ってくれ。よく見えない」
 駿はメガネを外して、ハンカチで水滴をふき取ってた。
 目が悪いと不便そうだよなぁ。俺なんて1.5もあるから、メガネと無縁。
「お待たせ。……あ」
「ん?」
「オージュもだいぶ濡れてるじゃないか」
  トクン…
 駿が俺の髪を撫ぜる。
「家に帰ったら、シャワーに直行だな」

 


 −−−”本気で好きな人がいます”

 


 −−−”人を好きになるってことは、そういうものじゃないですか”

 


 駿は、いつも真っ直ぐに言ってくれる。
 俺は、いつもそれを聞いているだけ、だ。
「…オージュ?」
 きっと言わなくちゃ後悔する。
 今言わなかったら、もう言えないかも知れない。
 俺は、駿を抱き締めた。
 …って言っても、俺の方が身長が低いから抱きついたみたいになってるけど。
 トクン、トクンって駿の鼓動が聞こえる。
「どうした?」
 優しい声と一緒に、駿の腕が俺を包み込んできた。
 …ここは、この場所は、俺だけの癒しのスペースだ。

 


「……好きだ、駿」

 


 ありったけの想いを込めて伝えると、駿の腕がビクンとした。
「…オージュ…」
 言った。言えた…
 なんともいえない満足感が、俺の中で広がる。

 


「顔、見せてくれ」
「……ヤダ」
 それはしばらく勘弁だ。恥ずかしくって見れやしない。
「オージュの顔が見たい」
「……うぅ」
「見せてくれ」
 そこまで言われると…。観念して顔を上げる。
 うぅ…やっぱり恥ずかしいよぉ。
「今まで生きてきた中で一番嬉しいよ。ありがとう、オージュ」
 駿の顔を見ると、すごく優しく微笑んでくれてた。
 …初めて、見た。
 こんな表情も、俺だけが知ってるのかもしれない。
「ねぇ…駿。俺達の関係は大きいリスクを背負う事になるかも知れないけど…」
「覚悟は出来てる」
「俺…すぐ不安になって、わがままばっか言っちゃうかもしれないけど…」
「全部受け止める」
「俺…寝起き悪いし、甘えたがりだし、やること全部トロいし、駿がうんざりしちゃうかも知れないけど…」
「オージュが俺だけを想っててくれれば、問題ない」
 ……ぷっ。
 俺が言う事に全部即答なんだもんなぁ。駿には本当にかなわない。
「…好きだよ、オージュ。大好きだ」
「俺も…好きだよ、駿」
 駿は挨拶がわりじゃないキスをくれた。
 潮風を浴びてたせいか、海の味がした。
 想いを告げあった後のキスは、誓いのキスのようだった…

 

 青い傘ひとつで帰る途中、俺は決心した。
「…帰ったら、母さんに聞く」
 駿は何も言わずに、俺の手をぎゅっと握ってくれた。

 


「あらあら、どうしたの?二人とも」
 家に着くとずぶ濡れの俺達にビックリして、魅夜さんが急いでタオルを持ってきてくれた。
「早くシャワー浴びてらっしゃい」
「魅夜さん…母さんは?」
「雪子なら、リビングにいるわよ。…あら、ちょっと大樹君っ!?」
 魅夜さんの声を振り切って、リビングに直行した。
 リビングに着くと、母さんはぼーっとテレビを見てた。
 俺に気が付くと、ビクッとしてた。
「…大樹。あんたびっしょりじゃない。どうしたの?」
 ひとつ深呼吸をして、意を決した。

 


「母さん、ごめん。父さんの居場所を教えて欲しい」

 


 家全体が、静まり返った。
 後からリビングに入ってきた二人も、静かに見守ってくれているようだった。
「…聞いて、どうするの?」
 母さんは、俺から視線をずらした。
「会いに行きたいんだ。どうしても聞きたいことがあるんだ」
「何が聞きたいの?」
「それは……言えないけど、直接会って聞きたいんだ」
 深い溜息が聞こえた。
「雪子…」
 魅夜さんが近寄って、母さんの肩を叩いた。
 駿も俺の傍に来てくれた。
 沈黙の中、母さんはバックから手帳を取り出して何かを書いた。
 そして、その紙を俺に手渡した。
「…いつか言われると思ってたわ。それが父さんの今いる場所。ペンションで住み込みで働いてるわ。…会いに行きたいなら、連休に泊りがけで行きなさい」
 それだけ言って、母さんはリビングから出て行った。
 紙に書かれた住所は、ふたつ隣の県のものだった。
「大樹君、智也さんに会ったら伝えてくれるかな」
 魅夜さんは悲しそうに笑った。
「…はい?」
「”ごめんなさい”って」
  ドキン
 もしかして、魅夜さん…知ってる!?
「さ、早くシャワー浴びてらっしゃい。風邪ひくわよ」
 魅夜さんもそれ以上は何も言わずに、リビングから出て行った。
 二人は…もしかしたら、父さん達の事知ってるのかもしれない。
 駿もそう感じたのか、二人が出て行った後を見つめてた。
 俺は父さんの居場所が書かれた紙を、大事にしまった。

 

 −−−いったい、四人の間に何があったんだろう…。 

 

  へっきし!
 あー…風邪引いたかな。朝からくしゃみ連発中。
「トロ野ぉ〜、部活行こうぜいっ!」
「あ〜…うん。ふぇっ…へっきしっ!」
「お前のクシャミおもしれーなぁ。げ、鼻たれてっぞ」
「うぅ〜…ティッシュもうないや。あきやん持ってる?」
「俺様が持ってるわけねーだろ。購買でも行くかぁ?」
「うん…付き合って」
 最後の一枚で思いっきり鼻かんでから購買に向かう。
  へっきし!へっきし!
「うぇぇぇ〜、俺様にうつすなよぉ」
 あきやんは俺から少し離れた。うつせるものならうつしたいっっ。
「あ〜…そういえば二人はぁ?」
 二人とは、もちろんけぇと&あっさと。
「あいつら最近妙に仲がよくってよぉ、俺様置いてとっとと行っちゃうんだよ。…とうとう俺様の美貌に恐れを抱いたか」
「…それはないだろ」
 単なるラブラブなだけなんだろうな。
「んだとぉ〜!?」
 半病人の俺に、あきやんは容赦なくヘッドロックをかけてくる。
 ぐっ…苦しいっ。鼻詰まってるのにっっ。

 


「…何やってんだ?」
 顔を上げると、半日ぶりの駿とおタカがいた。
 あれ…?
 心なしか駿の顔が怒ってるような…??
 ふわ…へっきし!へっきしっ!!
「神野〜、コイツ鼻タレなんだけどどうにかして」
 あきやんの腕が外れて、よろよろと駿の方へ。
「なんだ、トロ野。風邪っぴきかよ。弱いねぇ」
 へっきし!へっきし!…反論も出来ない。
「うぅ〜…誰かティッシュちょうだい」
「…ほら。保健室に行かなくて大丈夫か?」
「ありがとぉ〜、うん、大丈夫。購買でティッシュ買ってから部活行く」
「ティッシュなら大量にあるぞ。やるよ」
 おタカはカバンの中から、大量のティッシュを出した。
 ……それは、いわゆる…街で配ってる…青少年には目の毒なティッシュの数々だった…。
「うぉぉぉぉ〜、おタカってば大胆っっっ!!!俺様テレちゃうっっっ!!!」
「中身は普通のティッシュだろ。俺はくれるものはもらう主義なんだ」
 さすが、おタカ。
 使うのには抵抗あるけど、鼻タレにはかなわない…
 俺はありがたく!?そのティッシュを使うことにした。へっきしっ!

 


 購買に行く必要もなくなってそのまま四人で部活へと向かう途中、おタカが俺の耳元で一言。
「…なっ、独占欲強いだろ?」
 ん?独占欲???
 ちらっと駿の方を見ると、また怒ってるような顔でこっち見てた。
 …もしかして、ヤキモチってやつ?
 うわ、駿ってそういうタイプなんだ。
 また新発見。今まで知らなかった事がわかっていくっていいな。
 俺は鼻をかみつつ、密かに笑ってしまった。

 


「ちぃ〜す…」
 あ……
 音楽室では、三好先輩と若林先輩ととみちゃん先輩が笑いながら話してた。
 あ〜久々の光景。やっぱこうじゃなくっちゃなぁ…っと、へっきしっ!
「あ〜ぁ、トロ風邪ひいちゃったの?」
「ごめんね、緒野。心配かけたね」
「無理しないでねぇ。…さ、みんな用意しましょ」
「はぁ〜い…」
 鼻をずるずるしながら楽器を取りに行くと、そこにはユウ先輩がいた。
「ちぃ〜っすぅ…」
「おうっ。…げげ、鼻タレてるぞ」
 あ、やばっっ。
 いそいで鼻をかむ。油断できないなぁ、もう。
「トロ野。お前すんごいティッシュ使ってんなぁ〜信じらんねぇ〜」
 ユウ先輩は笑った、けど。
「…コレ、おタカがくれたんすけど…」
 俺の一言で、笑いが一瞬して止まった。
「あんのぉ〜、スケベ親父ぃぃぃぃ…」
 やば…言わない方がよかったかな。
 ユウ先輩って、実はかわいい…っていうか面白い。
 おタカの事になると、すぐ表情がクルクル変わるもんなぁ。
「……他の奴には、言うなよな」
 そして昨日の事も思い出したらしく、顔がうっすら赤くなってきてる。
「もちろんす…。先輩、恐いっす」
  へっきしっ!へっきしっ!
「…お前らも、そうなんだってな」
  ドキッッ!
 おタカめ…とうとうばらしやがったか。
「お互い内緒ってことで、な」
「はい…」
 楽器出しつつ、なぜか赤くなってる俺とユウ先輩。
  へっきし!へっきしっ!!
「ひとつ、忠告しとく」
 ユウ先輩が小声でささやくように、とてつもなく恐ろしいことを言った。
「…初めての時は、死ぬほど痛い」

 

 ………は?

 

 最初何のことかわからなくて、きょとんとしてしまった。
 けど徐々にユウ先輩の言ってることの意味がわかってきて、頭に一気に血が上ってきた。       
 うわぁぁぁぁぁぁぁ…、そうだよっっ!
 付き合うってきとは、キス以上のこともあるって事じゃんっっっ!!!

 


 ”続き…したいけど、やめとく”  

 


 前に駿が言ってた台詞と、やけに生々しく思い出してしまった。
 うぅっ…死ぬほど痛いんだ…。想像出来ないよぉぉ…
「ちょっと、トロ!顔真っ赤じゃんっっ。熱あるんじゃない?」
「…ははは」
 今は、熱だと思わせておこう。
 でも考えただけで、本当に熱が出そうだぁ…
 せっかく全員揃ってパートの雰囲気もいいのに、一人とちってしまう俺がいる。
 ユウ先輩のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!…へっきし!

 


 家に着いたら、本当に熱が出てて寝込んでしまった。
 あぁ〜クラクラするぅ…。へっきしっ!
 ゴミ箱がティッシュでいっぱいになるのも、時間の問題だ…
「オージュ。ジンジャーティ持って来たぞ」
  どきんっ。
「あっ、ありがと」
 うぅっ…ユウ先輩が余計なこと言うから、駿の顔がマトモに見れないよ。
「身体起こせるか?」
「うっ…うん。大丈夫」
 よれよれと起き上がって、ほかほかのマグカップを受け取る。
 あー…鼻の通りがよくなりそう。
「部活の予定聞いてきたぞ。二週間後の土日は練習がないそうだ。これを逃すとコンクールまで休みがないそうだから、行くのはココにしようか」
「うっ…うん。そうだね」
 俺ってば、不謹慎。駿はちゃんと予定とか立ててくれてるのに、俺は妙な想像ばっかしてるなんて……反省。
「じゃ、時刻表調べておくよ。だいぶ長旅になりそうだな」
「…ごめん、全部やらせちゃって」
「ネットで調べればすぐだから平気だよ。オージュは早く風邪を治せよ」
 ひんやりとした駿の手が、俺の額に触れる。
 びくん、と反射的に俺の身体が震えた。
 駿の手が、宙で止まった。
「あ……冷たくて、ビックリした…」
 慌てて、言い訳をする。ごまかせるかな…

 


「オージュ…後悔してるのか?」
 駿が淋しそうに俺を見た。
 あぁ…俺のバカ。何やってんだか…
「後悔なんてしてないよ」
「俺を恐がってる」
「……そっ、それは、そのぉ…。ユウ先輩に言われたことが気になっちゃって…」
「何て言われたんだ?」
 言わせるのか、それを…
 笑ってごまかそうとも思ったけど、駿のことだからごまかせないし、誤解されちゃいそうだしなぁ…
 俺は意を決して、駿の目を見て言った。
「はっ……は、初めての時は、……しっ、死ぬほど痛い…って……」
 かぁぁぁぁぁ〜っと、また血が逆流した。
 俺…しばらく熱が下がらないんじゃないかな…
 うぅぅぅ…恥ずかしいよぉ。ついジンジャーティを一気に飲んでしまう。
「それで、恐くなったのか…」
 ひとつ、うなづく。
 駿も少し困ったように、視線をずらしてた。
「…でっ、でもっ、駿が恐いわけじゃないよ」
 正直に伝えると、駿と目が合った。
 駿の手が、俺の頭を撫ぜる。
「正直、今すぐにでもオージュが欲しい。…でも、オージュの決心がつくまで待つよ。今は気持ちが通じただけで嬉しいから。…だから、もう恐がらなくていい」
  トクン
「……うん」
「キスぐらいは許してくれるか?」
  ドキン
「………うん。今は風邪がうつるからダメだけど」
 駿はふんわりと微笑んで、俺の頬にキスをした。
「少し熱が上がったな。アイスノン持ってくるよ」
「…ありがと」

 


 駿のことは、好き。
 駿のキスも、好き。
 いつかは決心がつくのかな…?

 


 あぁ…今夜は、熱でうなされそうだ。

 

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